井戸水というと天然の水でおいしいというイメージを持っている方がいるかもしれません。
確かに安全な井戸水であればもちろん良いのですが、井戸水には予期せぬ細菌が入っていたり、化学物質が混入している場合があります。
近年、井戸水にあるヒ素が途上国を中心に問題となっています。
現に、前回は妊婦がヒ素を慢性的に摂取をすると、流産や死産のリスクが上がることを述べてきました。
今回は、妊婦のヒ素の摂取と、生まれてきた子供の喘鳴についての研究を紹介しようと思います。
研究の背景
地下水からヒ素が検出されることは、世界中のどの地域でも起こっています。
バングラディッシュでは80%の国民が、地下水や井戸水を飲料水として利用しており、非常に重要な水分源です。
妊娠中のヒ素について
近年、妊娠中にヒ素を摂取すると、
- 自然流産のリスクが高まる
- 死産のリスクが高まる
- 早産のリスクが高まる
といわれています。
これはチリ、スウェーデン、ハンガリー、台湾、バングラディッシュなど様々な地域からも同様の報告がされています。
ヒ素と呼吸器疾患について
近年、成人を中心にヒ素と呼吸器疾患について報告されています。
例えば、チリの研究では、850 μg/Lを超えるような高濃度のヒ素を長期間摂取した場合、成人で肺疾患のリスクが上昇していました。
その後、小児でも飲料水のヒ素濃度と呼吸器疾患について、少しずつ報告されるようになり、
- 850 μg/Lで37.9%が
- 100 μg/Lで7.0%が
小児の慢性咳嗽を発症していたとする報告もあります。
途上国での小児のヒ素摂取は、母親のお腹にいる時から(つまり胎児期)始まっています。しかし、妊娠中の母親のヒ素摂取と小児の呼吸器疾患を検討した研究はないため、今回こちらが報告されています。
研究の方法
バングラディッシュは全国で飲み水のヒ素濃度を計測しており、2002年の調査が行われた地域から、小児のコホート(650人)が作られました。
- 2002年には胎児
- 研究のアウトカム計測時には7歳以上
- ヒ素は:> 10 μg/Lは高濃度群 vs. < 10 μg/Lはコントロール群
を特徴とした研究です。
アウトカムとして、
- 喘鳴
- 歩行時や階段を登る時の呼吸苦
- 呼吸機能(FEV1やFVC)
などをみています。
研究の結果と考察
ヒ素の摂取量について
井戸水のヒ素の含有量は平均437 μg/Lであり、
- < 10 μg/L
- 10〜500 μg/L
- > 500 μg/L
の3群に分けられました。
妊娠中からの慢性的なヒ素摂取は小児の喘鳴と関連する
ヒ素量 < 10 μg / L を参考値とすると、
- 10〜500 μg/L:OR = 5.19
- > 500 μg/L: OR = 9.26
と、高濃度のヒ素のほうが喘鳴への影響が強かったです。
慢性的なヒ素摂取と運動機能について
同様に、ヒ素量 < 10 μg / L を参考値とすると、階段を登る時の息切れは
- 10〜500 μg/L:OR = 2.53
- > 500 μg/L: OR = 2.70
歩行時の息切れは
- 10〜500 μg/L:OR = 2.46
- > 500 μg/L: OR = 3.46
と、高濃度のヒ素のほうが運動時の息切れに影響していました。
研究の限界:選択バイアスについて
近年、妊娠中からの特定の物質への暴露やワクチン接種が、出生後にどのように影響しているかを研究した報告が増えています。
読むときに気をつけなければいけないバイアスの1つとして、選択バイアスがあります。
コホート研究で選択バイアスは、患者の追跡が出来なくなった場合に起こり得ます。
選択バイアスにも色々とあるのですが、今回のケースですと「生存者バイアス」と考えていただくと分かりやすいと思います。
「妊娠中の暴露が、こどもの健康に与える影響」をみている研究は、もれなく「無事出産されたこども」に選択しているのです。
ただ、この「選択」だけれあればバイアスは生じないのですが、計測できなかった因子(例えば、生存者と死亡者の遺伝的な背景)が異なれば、上の図の赤の経路をたどってバイアスになります。(真の効果は黒矢印)
まとめ
この研究から、妊娠中の慢性的なヒ素摂取は、生まれてくるこどもの呼吸機能に影響するのかもしれません。ヒ素を含め、水質の管理は非常に重要といえます。
疫学的な話になりますが、妊娠中の暴露因子がアウトカムに与える影響を推定する場合、常に生存者バイアス(という選択バイアス)を気にする必要があります。
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