疫学にも流行り廃りがありますが、近年注目されている分野の1つに「ライフコース疫学」があります。
「疫学」と聞いてもピンとこない方が多数いると思うのですが、
- 病気の分布を確かめる
- 病気の決定因子(原因)を特定する
のが疫学者としての生業になります。
時に決定因子は遺伝子であったり、生活環境であったり、治療であることすらあります。このように、病気や合併症やその結果は、何が原因かを日々探索しています。
疫学にも様々な分野がありますが、ライフコース疫学では、生活環境、教育、貧困など様々な因子が病気の発症や予後に、「長期的に」どのように影響しているのかを見ています。
「長期的に」とは、生涯のことで、場合によっては母親のお腹の中にいる時から亡くなるまでを含みます。このため「ライフコース」と言われています。
今回はライフコース疫学でよく使用される3つのモデル:
- Critical / Sensitive Period Model
- Accumulation Model
- Trajectory Model
を説明していこうと思います。
3つのモデルについて
個々のモデルを説明する前に、全体像を把握してしまいましょう。
- Critical / Sensitive Period Model
- Accumulation Model
- Trajectory Model
の3つを簡単に図式化すると以下のようになります。
- Zは幼少期の因子
- Aは成人期の因子
- Yは病気の発症や予後
と考えるとわかりやすいでしょう。上の図を例にすると、
- 『Critical Period Model』は、幼少期のある原因(Z)が、成人以降の病気の発症や予後(Y)に影響を与える
- 『Accumulation Model』は、幼少期(Z)も成人期(X)の原因も、双方が独立して病気や予後(Y)に影響を与える
- 『Trajectory Model』は、幼少期の原因や経験(Z)が、成人期の行動(A)に影響し、最終的に病気や予後(Y)に影響を与える
モデルのことをいいます。
(*分類の仕方は専門家でも微妙に異なりますので、その点はご容赦ください)
なぜモデルを分類する必要があるのか?
「どうして、こんなにややこしく分類するの?」
と思われた方がいるかもしれません。
ライフコース疫学モデルで病気の原因を分類することで、介入すべきポイントや有効な手段のヒントが得られることがあるからです。
例えば、最初のCritical Period Modelについてみてみましょう。
このモデルの場合、幼少期の原因(Z)のみが、結果(Y)を引き起こしているといえます。
成人期の因子(A)が結果(Y)には直接の矢印がないため、いくら成人期になって頑張っても、病気の発症を防ぐことはできないといえます。
Critical Period Modelについて
Critical Period Modelについて解説していきましょう。
「Critical Period」は「臨界期」などと訳されます。
臨界期とは、「ある原因(Z)に暴露した場合、病気(Y)が発症する可能性がある期間」のことを言います。
例えば、葉酸と神経管閉鎖障害の関係を考えてみましょう。葉酸は妊娠前から妊娠初期(〜12週くらい)の期間にを摂取することで、神経管閉鎖障害を予防することができます。
妊娠初期(〜12週)は細胞分裂が活発に行われ、体の臓器を作る段階にあるから、この期間が大事と言われています。
逆に妊娠30週から葉酸摂取をしても、神経管閉鎖障害の予防は難しいでしょう。なぜなら、すでに脊髄など出来上がった状態であるからです。
Critical Period Modelも2つに分かれる
この『Critical Period Model』ですが、これも2つに分けられます:
- Critical Period Model without later life risk factors
- Critical Period Model with later life effect modifiers
Critical Period Model without later life risk factors
別名として「Biological Programming(生物学的プログラミング)」や「Latency Model」とも呼ばれています。
このモデルでは、「臨界期」での影響があまりに決定的で、生涯にわたり長期間影響を与えてしまう状態をいいます。
「葉酸と神経管閉鎖障害」もこの一例ですし、他には「サリドマイドと手足の欠損」も有名です。
体の臓器や機能に大きく影響するような病因に多いです。一旦、病気を形成してしまうと不可逆的で、後からではどうしようもないのが特徴的です。
Critical Period Model with later life effect modifiers
同じCritical Period Modelですが、こちらも臨界期での影響が大きい疾患ですが、臨界期以降も別の影響を受けうる状態のことをいいます。
例えば、低出生体重は成人期の心疾患、高血圧、インスリン抵抗性に影響しますが、この影響は、
- 小児肥満がある場合に大きい
- 小児肥満がない場合には小さい
と考えられています。低出生体重だと心疾患のリスクが上がりますが、その後の小児肥満の有無でリスクが上がりも下がりもします。
Critical PeriodとSensitivity Periodの違い
ごちゃごちゃになっている方が多いですし、実は専門家でも用語の使い方が異なることがありますが、
- Critical Period(臨界期)
- Sensitive Period(感受期)
の2つは微妙に意味が違います。
まずCritical Period(臨界期)の特徴ですが、
- 影響を受ける期間が決まっている
- 決められた期間外では、影響されない
といった特徴があります。「葉酸と神経管閉鎖障害」がよい例でしょう。妊娠後期になって葉酸不足でも神経管閉鎖障害は起こらないのです。なぜなら、すでに臨界期(〜12週)を過ぎたからといえます。
次に Sensitive Period(感受期)ですが、特徴として
- 強く影響を受ける期間がある
- その期間外には、弱くなるが影響を受ける
ことをいいます。例として有名なのは英語学習でしょう。感受期は3〜7歳までと言われており、この期間にネイティブからの英語のシャワーを浴びることが重要と考えられています。
しかし、後から英語の勉強を開始しても、英語自体は本人の努力次第である程度は話せるようになります。
Accumulation risk modelについて
Accumulationは「集積」を意味します。つまり、病気の原因となる因子が集積しているモデルです。これも大きく2つに分けられ、
- Accumulation risk model with independent and uncorrelated insults
- Accumulation risk model with risk clustering
の2つがります。
Accumulation risk model with independent and uncorrelated insults
ちょっと長い名前ですが、英語をそのまま訳していただければ理解できると思います。つまり、
- 原因が集積して病気を発症するモデルで
- 個々の原因はそれぞれ独立している
状態といえます。図にしてしまったほうが分かりやすいでしょう。
A, B, Cという原因が集まって病気が発症しますが、それぞれの原因は独立しているのが分かります。
Accumulation risk model with risk clustering
こちらのモデルでは、
- それぞれの原因(A, B, C)は独立して結果に影響を与える
- それぞれの原因をまとめる因子(D)がある(clustering)
状態を表しています。
例えば貧困という共通因子(D)があり、
- 教育格差
- 自尊心の欠如
- 虐待の体験
などがあり、最終的にうつ病を発症を起こす状態が例としてあげられます。
(実際には、A, B, Cが互いに完全に独立できることは少ないです)
Trajectory Modelについて
Trajectoryとは「軌跡」を意味します。つまり、病気の原因から発症まで、ドミノ式に倒れている状態をいいます。
こちらが典型的な「Trajectory model」でしょう。数珠状に危険因子(A, B, C)が並び、最後に病気が発症する図式です。
- AによりBが起こり
- BによりCが起こり
- Cにより病気が起こる
といえます。別名「Trigger effects」ともいわれています。特に病気の発症の直前の因子(C)が大きな影響があるといえます。
こちらはTrigger effectの亜型で、個々の危険因子(A, Bも)がそれぞれ疾患発症のリスクをもっている状態をいいます。このことを「Additive effect」と呼ぶことがあります。
まとめ
今回はライフコース疫学でよく使用される3つのモデル:
- Critical / Sensitive Period Model
- Accumulation Model
- Trajectory Model
を説明してきました。全ての疾患がこのモデルに綺麗におさまるわけではありませんが、このフレームワークを理解しておくことは重要です。
参考文献