小児の咳止め薬の科学的根拠について詳しく知りたい方を対象に、まとめ記事を書きました。
これまで、咳止めとして国内外でよく処方されているデキストロメトルファン(メジコン®︎)の科学的根拠を中心に複数解説してきました。
どうやらこの薬に、小児のかぜに対する咳止めの効果は十分には期待できそうな結果でした。
ここで、コクラン・データベースでのシステマティックレビューとメタ解析の結果と照らし合わせてみてみましょう。
Over-the-counter (OTC) medications for acute cough in children and adults in community settings
システマティックレビューとメタ解析は、様々な研究結果を統合して解釈する手法で、信頼性の高い研究です。
今回はこの研究結果と小児科外来の実臨床を踏まえながら解説していければと思います。
研究結果のおさらい:デキストロメトルファン
年 | 雑誌 | 対象年齢 | DM | PL | コメント |
1991 | Acta Pediatr Acand | 1-10歳 | 24人 | 26人 | 有意差なし |
1993 | J Pediatr | 2-18歳 | 19人 | 13人 | 有意差なし |
2004 | Pediatrics | 2-18歳 | 33人 | 34人 | 有意差なし |
2007 | JAMA Ped | 2-18歳 | 33人 | 37人 | 有意差なし |
2013 | Indian J Pediatr |
1-12歳 | 40人 | 40人 | 有意差なし |
となっています。(DM = デキストロメトルファン、PL = プラセボ)
システマティック・レビューではいずれの結果もデキストロメトルファン(DM)は、小児の風邪による咳を鎮める効果を十分には認めていません。
コクラン・データベースの研究の問題点
これまでの研究結果から、デキストロメトルファン(メジコン®︎)が小児のかぜに対する有効性は疑問視してもいい内容といえます。
つまり、科学的根拠が不十分な治療方針とも言えます。
しかし、このコクラン・データベースのシステマティック・レビューの結果についても問題点があります。
例えばアウトカムについてです。
咳の重症度や風邪に罹患した小児・保護者の睡眠などがアウトカムの指標とされています。
しかし、個々の研究で使用している指標がバラバラで、最終的にメタ解析が行えない状態になっています。
つまり、仮にこれら過去の研究結果を同一の指標で行い、メタ解析をしたら有意差がわずかに出るという可能性もわずかに残っています。
現に、個々の研究結果では統計学的な有意差は無いものの、デキストロメトルファン(メジコン®︎)の方が、若干ですが一貫して成績の良い傾向にあります。
また、いずれの研究も1−3日のみでのアウトカムを評価しています。
しかし、風邪による咳は1週間程度続くことが多いです。もう少し長期的に追跡した場合にどうなのかは、これまでの研究のみでは分かりません。
曖昧な表現について
少し曖昧な言葉を繰り返してきたので、ひょっとするとモヤモヤしている人がいるかもしれません。
実は、私はこの点も最初から意識していて、少し言葉を選んでお伝えしています;
- 科学的根拠が不十分
- 十分な治療効果を認めなかった
- 統計学的な有意差は認めなかった
とあえて回りくどい表現をしています。逆にいうと、
- 効果はない
- 無効である
- 科学的根拠が全くない
という強い表現は避けています。
後者の方が読者からすると分かりやすいとは思いますが、個別の研究結果や不十分なシステマティックレビューとメタ解析の結果だけでは、ここまで断言することは難しいでしょうし、無理に断言することは研究者としての良心が痛みます。
実際の医療現場でどうすべきか?
- 「じゃあ、うちの子供の咳はどうしたら良いのか?」
- 「デキストロメトルファンは処方しない方が良いのか?」
と、保護者および小児科医から非難を浴びてしまいそうな結果です。
もちろん明確な答えはありませんが、これらの研究結果を目にして、考えたことはいくつかあります。
市販薬について
市販薬でどのくらいデキストロメトルファンが含まれているかは、こちらの記事で簡単にピックアップしました。(全ては網羅できていないかもしれません)
調べていて驚いたことがあり、一部の薬(主にシロップ)は「生後3ヶ月以降から使用可能」となっています。
しかし、過去の研究を見ても、最も低い年齢でも1歳以降です。
なぜ生後3ヶ月以降からの投薬が可能となっているか、強く疑問が残ります。
例えばLexicompという有名な薬の教科書には、4歳未満の小児への使用を推奨していません。
理由として、1つは有効性を証明した研究がない点、もう1つは副作用の観点からでしょう。
低年齢であるほど副作用は起こりやすいでしょうし、シロップだと保護者が多めに投与してしまったり、子供が勝手に飲んでしまったりと、様々なリスクもあります。
現に、こちらの記事でも説明しましたが、4歳未満の小児において副作用と過剰投与が多かったという報告もあります。
処方すべきか否か
「処方すべきでないか?」と聞かれたとしたら、答えに窮してしまいそうですが、おそらく「ルーチンで処方すべきでない」とは言えると思います。
「ルーチンで処方」とは、「風邪による咳で受診した小児全てに処方すること」を指します。
ここから先は医師の匙加減と、患者さんとの関係性にもよると思うので、医師が個々の状況で判断したら良いと思います。
- 年齢・性別
- 咳の重症度
- 処方歴があるなら、前回の効果はどうか?
- 副作用をどう医師・保護者が考えるか
といった、個々の状況に合わせていけば良いと思います。
例えば、幼児で咳もそれほどひどくない状況なら、無理に処方する必要はないと思います。
逆に、小学校高学年で、咳が少しひどく、前回もメジコン®︎で咳がやや改善して本人・家族がそれに満足しており、自覚している副作用がなければ、処方するという選択肢を残しておいても良い気がします。
この辺りは外来のアートとでもいうべきでしょうか。
「科学的根拠が不十分だから、全ての子供に処方すべきでない」はやや言い過ぎな気がします。
チペピジン(アスベリン®︎)の問題点
チペピジン(アスベリン®︎)は、日本国内の小児科外来で最も処方される薬の1つと考えていますし、時に市販薬に含まれていることもあります。
こちらの薬の最大の問題点としては、科学的根拠がなさすぎる、の1点に集約されます。
日本の小児科外来で長らく使われてきた薬ですが、有効性に関する検証すら十分になされていないのです。
小児科医がチペピジン(アスベリン®︎)をどう考えているか?
どのような研修を受け、どのような教育を受けたかによって、だいぶ考え方が違う印象を受けています。
例えば「エビデンスのない薬だから絶対に処方するべきではない」と強く拒絶する医師もいれば、「長らく使用されて、重大な副作用の報告も少ないし、他の咳止めは強すぎるから、処方してもいいのでは?」とやや消極的に肯定している医師もいます。
おそらく、小児科医はこの幅の中にいるのではないでしょうか。
「処方すべきでない」は一見するとまともな意見ですが、私は諸刃の剣と考えています。
外来で咳止めを希望されて処方されない場合、どれだけ懇切丁寧に説明をしても納得してくれない保護者がいるのも確かです。
納得できなかった方は、ひょっとしたら、別のクリニックに行って強い咳止め薬をもらうかもしれません。ひょっとしたら、(コデインやデキストロメトルファンを含む副作用のリスクの高い)市販薬の咳止めを購入して使用するかもしれません。
(*注意:コデインは2019年度より規制が強くなります)
後日、このデータをブログで記載する予定でいますが、外来で処方なしの場合、3割ほどは他院やドラッグストアで薬を手に入れているという報告すらあります。
より強い薬を使ったため副作用が出てしまったり、市販薬を使用することでさらに第一世代の抗ヒスタミン薬入りの咳止めを飲むことになります。
トータルで考えると「いかなるケースも処方すべきでない」は正論そうに見えて、一部でマイナス面を伴う可能性があります。
とは言え、科学的根拠のない薬の処方を肯定し続けるのも無理があります。
現時点では、咳止め1つ取っても、明確に答えを出すのが難しいのです。
まとめ
やや長くなってしまいましたが、現状の研究結果ではデキストロメトルファンは小児の風邪による咳に十分な有効性を認めていません。
風邪の咳には咳止め(メジコン®︎)は、メカニズム的には有効そうに思えますが、実臨床では、おそらく期待しているほど咳止めの効果がないのかもしれません。
さらにチペピジン(アスベリン®︎)になると、有効性を検証したデータすらなく、判断をさらに難しくさせています。