臨床ガイドラインや、処方パターンを変えるための数十年にわたる努力にもかかわらず、抗生物質の過剰使用は依然として続いています。
アメリカにおいても、
- 医師と患者への教育
- コンピュータによる意思決定支援
- 金銭的なインセンティブ
などの介入により、急性呼吸器感染症を対象とした抗生物質の処方率は少しずつ減少してきているようです。
臨床医の意思決定を変えることは、急性呼吸器疾患の診療においては困難とされる報告もいくつかあるようです。
例えば、ペイ・フォー・パフォーマンス(Pay-for-performance)の結果はまちまちであるです。
また、従来の警告やリマインダーは、情報過多の原因となり、しばしば診療に従事する医師にとって混乱を招いたり、時に無視されてしまうこともあり、その有効性は疑問視されています。
最近の研究では、日常業務を混乱させず、臨床医の自負心や自尊心に訴える介入が行われ、推奨されているようです。
このことを念頭に置いて、心理学や行動経済学を含む行動科学を利用することへの関心が高まっています。
これらの分野のモデルを応用して、選択の自由を維持しながら臨床医の意思決定を優しく後押しする「新しい社会的・認知的装置」が徐々に理解され始めているようです。
適切な抗生物質の処方はその1例で、エビデンスに基づいた治療法を臨床医が選択することを促進する目標とよく一致している。
今回の研究は、行動科学の知見を利用して、多施設クラスターランダム化試験を行い、急性呼吸器感染症の外来受診時の不必要な抗生物質の処方率を減らすための3つの介入が行われました。
今回の研究は、アメリカにおけるかぜ診療において、抗菌薬の処方率を減らす介入を検討した研究です。
抗菌薬の使用割合を同僚と比較したり、抗菌薬を処方する理由の正当化を行う介入で、抗菌薬の処方は減少する傾向にあったようです。
- アメリカにおけるかぜ診療において、抗菌薬の処方率を減らす介入を検討した研究
- 抗菌薬の使用割合を同僚と比較したり、抗菌薬を処方する理由の正当化を行う介入で、抗菌薬の処方は減少する傾向
アメリカからの報告です。
抗菌薬の処方を減らすのに行動経済学的なアプローチは有効?[アメリカ編]
研究の背景/目的
行動科学に基づく介入は、不適切な抗生物質の処方を減らす可能性がある。
急性呼吸器感染症の外来受診時における不適切な(ガイドラインと一致しない)抗生物質の処方率をアウトカムとして、介入効果を評価した。
研究の方法
デザイン、設定、および参加者
ボストンとロサンゼルスにおける、47のプライマリケア施設で実施された、クラスターランダム化比較試験である。
参加者は248人の臨床家で、18ヵ月間に4つの介入のうち1つを受けるよう無作為に割り付けられた。
すべての臨床医は、登録時に抗生物質の処方ガイドラインに関する教育を受けた。
介入は2011年11月1日から2012年10月1日の間に開始された。
最近開始された施設のフォローアップは2014年4月1日に終了した。併存疾患および併発感染症を有する成人患者は除外された。
介入
3つの行動介入は、単独または組み合わせて実施された:
- 代替案の提案
- 正当な理由の入力
- 同僚との比較
代替案の提案は、抗生物質以外の治療法を提案する電子オーダーセットを提示した。
アカウンタブル・ジャスティフィケーションは、患者の電子カルテに抗生物質を処方するための正当な理由をフリーテキストで入力するよう臨床家に促した。
同僚との比較は、臨床家に電子メールを送り、抗生物質の処方率と「トップパフォーマー」(不適切な処方率が最も低い臨床家)の処方率を比較させた。
主な結果と測定方法
抗生物質による不適切な診断を「非特異的上気道感染症、急性気管支炎、インフルエンザ」とした。この診断を受けた受診者に対する抗生物質処方率を介入前18ヵ月から介入後18ヵ月までの間に計測した。
診療所と臨床家に対するランダム効果を考慮しながら解析は行われた。
研究の結果
ベースライン期間中の抗生物質の不適当な急性呼吸器感染症の受診は14,753件(患者の平均年齢、47歳;女性、69%)、介入期間中の受診は16,959件(患者の平均年齢、48歳;女性、67%)であった。
平均抗生物質処方率は、対照群では介入開始時の24.1%から介入18ヵ月目の13.1%(絶対差、-11.0%)に減少した。
- 代替案を提案した群では22.1%から6.1%(絶対差、-16.0%)に低下
(差の差、-5.0%[95%CI、-7.8%~0.1%; P-value, 0.66) - 正当化については23.2%から5.2%(絶対差、-18.1%)
(差の差、-7.0%[95%CI、-9.1%から-2.9%];P < 0.001) - 同僚比較については19.9%から3.7%(絶対差、-16.3%)
(差の差、-5.2%[95%CI、-6.9%から-1.6%];P < 0.001)
であった。
介入間には統計学的に有意な相互作用は認められなかった(相乗効果も認められなかった)。
結論
プライマリーケアの実臨床では、行動介入として説明責任のある正当化と同僚比較を使用することで、急性呼吸器感染症に対する不適切な抗生物質の処方率が低下した。
考察と感想
面白い研究ですね。どのような介入をすれば、医師の行動変容を促せるかを確認した研究とも言えます。
3つの介入はいずれも、診療環境へのささやかな変化(すなわち、「ナッジ」)を伴うものでしたが、臨床医の治療選択を制限したり、診療報酬の支払い方法を変更したりするものではないです。
また、同僚との比較は電子カルテの変更を必要としないため、プライマリケアの現場にとっては、最も単純で実用的なものであるかもしれないです。
一方で、このような相互比較の介入は、「有効な指標」を作成することに依存し、データが入手できなかったり、個々の臨床医のサンプルサイズが小さかったりする場合には困難となってしまいます。
「正当化の説明責任」は、ある程度のシステムの修正が必要かもしれませんが、同僚との比較ような欠点はなく、理論的には、どのような臨床的意思決定にも適用できると考えられているようです。
ただ、こう言った介入の効果がどのくらい続くものなのか、そういった視点での研究も必要なのだと思います。
まとめ
今回の研究は、アメリカにおけるかぜ診療において、抗菌薬の処方率を減らす介入を検討した研究です。
抗菌薬の使用割合を同僚と比較したり、抗菌薬を処方する理由の正当化を行う介入で、抗菌薬の処方は減少する傾向にあったようです。
医療の質の関連書籍はこちら↓↓
(2024/11/20 03:46:05時点 Amazon調べ-詳細)
Dr. KIDの執筆した書籍・Note
医学書:小児のかぜ薬のエビデンス
小児のかぜ薬のエビデンスについて、システマティックレビューとメタ解析の結果を中心に解説しています。
また、これらの文献の読み方・考え方についても「Lecture」として解説しました。
1冊で2度美味しい本です:
(2024/11/20 00:57:26時点 Amazon調べ-詳細)
小児の診療に関わる医療者に広く読んでいただければと思います。
医学書:小児の抗菌薬のエビデンス
こちらは、私が3年間かかわってきた小児の抗菌薬の適正使用を行なった研究から生まれた書籍です。
日本の小児において、現在の抗菌薬の使用状況の何が問題で、どのようなエビデンスを知れば、実際の診療に変化をもたらせるのかを、小児感染症のエキスパートの先生と一緒に議論しながら生まれた書籍です。
noteもやっています