近年、抗菌薬の過剰使用や不適切使用は世界的な問題となっています。小児科も例外ではなく、例えば、
- マクロライド(クラリス®︎、ジスロマック®︎)
- 第3世代セフェム(メイアクト®︎、フロモックス®︎など)
- キノロン(オゼックス®︎)
- 経口ペネム(オラペネム®︎)
などが乱用されていることがあります。
これは日本だけの問題ではなく、2000年代に行われたイギリスの調査でも、
- かぜの47%
- 咽頭痛の60%
- 中耳炎の80%
- 呼吸器感染症の90%
で総合診療医が抗菌薬を処方していたというデータもあるようです。
抗菌薬を過剰にあるいは不適切に使用してしまう背景に、「念のため」「一応…」といった処方もあるとは思いますが、もう少し言語化すると
- 保護者からのプレッシャー
- 合併症を過剰に恐れている
などがあげられると思います。合併症に
- 上気道炎であれば肺炎
- 咽頭炎であれば扁桃周囲膿瘍
- 中耳炎であれば乳突蜂巣炎
などがあげられます。
特に後者は比較的稀な疾患ですので、RCTではとらえるのが難しく、今回の研究が行なわれたようです。
研究の方法
今回の研究は1991〜2000年の162施設のデータを利用して行なわれています。
抗菌薬を投与された人と、そうでない人において、合併した感染症のリスクを推定して比較もしています。
合併症として、
- 中耳炎であれば乳突蜂巣炎
- 咽頭炎であれば扁桃周囲膿瘍
- 上気道炎であれば肺炎
をみています。
交絡因子としては、年齢、性別、社会経済状況を統計モデルで対処しています。
研究結果と考察
- 上気道感染:1,081,000人
- 咽頭炎:1,065,088人
- 中耳炎:459,786人
の患者データがありました。今回は小児のデータだけにフォーカスして解説していこうと思います。
上気道炎後の肺炎
結果は以下の通りです。
0-4歳
抗菌薬 |
なし |
あり |
リスク |
10.74 |
6.69 |
Risk Ratio |
1.60 (1.28, 2.01) |
|
Risk Difference |
0.040% (0.022%. 0.059%) |
|
NNT |
2470 (1693, 4562) |
5-15歳
抗菌薬 |
なし |
あり |
リスク |
4.45 |
4.04 |
Risk Ratio |
1.10 (0.72, 1.68) |
|
Risk Difference |
0.004% (-0.013%. 0.002%) |
|
NNT |
24570 (4539, ∞) |
交絡因子を調整した値は、
- OR 1.47 (1.26, 1.72)
- NNT 4407 (2905, 9126)
となっています。
上気道炎後の肺炎予防としては、4歳未満であれば2470人、5歳以上の小児では2万人以上に抗菌薬を使用しないと1人の肺炎を予防することができません。
リスク比(Risk Ratio)でみると1.6倍となり、随分とリスクが上昇しているように感じてしまうと思いますが、リスク差(Risk difference)をみるとわずか0.04%のリスク上昇です。リスク比(Risk Ratio)だけみて驚く必要はないと思います。
咽頭炎後の扁桃周囲膿瘍
結果は以下の通りです。
0-4歳
抗菌薬 |
なし |
あり |
リスク |
1.57 |
0.42 |
Risk Ratio |
3.72 (0.93, 14.9) |
|
Risk Difference |
0.011% (-0.004%. 0.027%) |
|
NNT |
8718 (3654, ∞) |
5-15歳
抗菌薬 |
なし |
あり |
リスク |
4.45 |
4.04 |
Risk Ratio |
1.12 (0.79, 1.58) |
|
Risk Difference |
0.006% (-0.014%. 0.027%) |
|
NNT |
24570 (4539, ∞) |
交絡因子を調整した値は、
- OR 1.19 (1.03, 1.37)
- NNT 4300 (2522, 14,586)
となっています。
中耳炎後の乳突蜂巣炎
0-4歳
抗菌薬 |
なし |
あり |
リスク |
1.33 |
0.53 |
Risk Ratio |
2.48 (0.78, 7.90) |
|
Risk Difference |
0.007% (0%. 0.021%) |
|
NNT |
12,642 (4693, ∞) |
5-15歳
抗菌薬 |
なし |
あり |
リスク |
2.39 |
1.79 |
Risk Ratio |
1.33 (0.46, 3.87 |
|
Risk Difference |
0.006% (-0.019%. 0.031%) |
|
NNT |
16723 (3276, ∞) |
交絡因子を調整した値は、
- OR 1.47 (1.26, 1.72)
- NNT 4064 (2393, 13,456)
となっています。
気管支炎など胸部感染
最後に気管支炎など胸部感染症後の肺炎合併例をみてみましょう。
0-4歳
抗菌薬 |
なし |
あり |
リスク |
125.92 |
27.15 |
Risk Ratio |
4.64 (3.80, 5.66) |
|
Risk Difference |
0.988% (0.803%. 1.172%) |
|
NNT |
101 (85, 126) |
5-15歳
抗菌薬 |
なし |
あり |
リスク |
127.31 |
22.74 |
Risk Ratio |
5.60 (4.11, 7.62) |
|
Risk Difference |
1.04% (0.73%. 1.36%) |
|
NNT |
96 (74, 135) |
交絡因子を調整した値は、0-4際では
- OR 4.55 (3.70, 5.88)
- NNT 101 (85, 125
5-15歳では、
- OR 5.55 (4.17, 7.69)
- NNT 96 (73, 137)
となっています。
考察と感想
リスク比やオッズ比だけをみていると、肺炎のリスクが1.6倍などと出ており、抗菌薬を処方しないことに対して、やや尻込みをしたくなってしまう医師も出てきてしまうでしょう。
しかし、リスク差やNNTで評価すると、かぜや咽頭膿瘍を1例予防するためには、数千人へ抗菌薬を投与しないといけない現状です。
リスク比だけで論文を解釈すると、過剰にリスクを見積もってしまうかもしれないですね。
まとめ
小児において、かぜや咽頭炎に抗菌薬を投与すると、肺炎や扁桃周囲膿瘍などの合併症を予防できるかもしれませんが、1例を予防するのに、数千例以上の(無駄な)抗菌薬投与が必要となります。