今回の論文はこちら:
2011年のEuropean Journal of Pediatrics (欧州小児科学会の英文誌)に掲載された論文です。(スイスで行われた研究のようです)
なかには『お子さんのインフルエンザの検査は、発症後〇〇時間くらい経過していないと検査できません』と言われた方もいると思います。
今回はその根拠となる論文を解説していきます。
研究の背景
インフルエンザキットは、クリニックの外来でも簡便に行える有用な検査です。
簡便に検査を行えるため、インフルエンザの診断を客観的に評価でき、診断に基づいた治療も行えます。
インフルエンザの迅速検査を行う利点
これまでの研究で、インフルエンザ検査を行う利点として;
- 他の不要な検査を減らせる(画像検査も含む)
- 不要な抗菌薬の処方を減らせる
といった点が報告されています。
迅速検査の問題点
しかし、いくつか問題点がありまして;
- ウイルスのタイプによる検査キットの精度
(特にpandemic (H1N1)2009) - 検査するタイミング
- 小児におけるデータが少ない
などが挙げられます。
今回の研究は、この疑問点を答えてくれています。
研究の方法
今回の研究は;
- ジュネーブに住む18歳以下の小児(2009年8月〜12月)
(インフルエンザのピークは11月) - 38℃以上の発熱+咳など気道感染の症状あり
- 慢性疾患なし
を対象に行われています。
妥当性試験(Validation study)について
感度・特異度などの妥当性を検討する場合(Validation study)、2つの検査が必要で、今回は;
- インフルエザ迅速検査キット(Influenzatop;ALLDIAG製)
- RT-PCR
の両者を使って比較しています。
この場合、RT-PCRでの検査が”ゴールド・スタンダード”となり、これが陽性であればインフルエンザに罹患している、陰性であれば罹患していないと判断をします。
この判定に、迅速検査キットがどれだけ一致しているか、をみて感度・特異度を計算します。
感度とは?
感度とは『とある疾患を有している時(D+)に、検査陽性となる(T+)確率』のことを言います。
今回の例でいうと、RT-PCRでインフルエンザに罹患していると証明された人のうち、迅速検査で陽性と判断された人の割合を出します。
数式ではP(T+|D+)と記載します。
特異度とは?
一方、特異度とは『とある疾患を有していない時(D-)に、検査陰性(T-)となる確率』のことを言います。
RT-PCRでインフルエンザに罹っていないと証明された人のうち、迅速検査で陰性と判断された人の割合です。
これは、P(T-|D-)と書きます。
陽性的中率(Positive Predictive Value (PPV))とは?
陽性的中率は、『検査が陽性であった場合(T+)、疾患にかかっている(D+)確率』のことをいいます。
今回ですと、迅速検査が陽性であった場合、RT-PCRでインフルエンザと診断される(真に陽性である)確率をいいます。
数式ではP(D+|T+)と記載します。
陰性的中率(Negative Predictive Value (NPV))とは?
陰性的中率は、『検査が陰性であった場合(T-)、疾患にかかっていない(D-)確率』をいいます。
迅速検査で陰性であった場合、真にインフルエンザに罹っていない確率といえます。
これは、P(D-|T-)と表記できます。
研究の結果
こちらが研究結果の要約です。
対象患者による感度・特異度・PPV・NPV
①研究患者すべて、②H1N1の研究、③救急外来での研究の3パターンで研究されています。
これをまとめると、以下の表になります;
H1N1 pandemicのインフルエンザウイルスですと、感度が低くなるようです。
年齢で層別化した感度・特異度・PPV・NPV
1歳未満、1〜5歳、5歳以上で層別化した結果はこちらです;
発熱後の時間で分けた感度・特異度・PPV・NPV
発熱後12時間未満、12〜24時間、24〜48時間、48時間以上にわけると;
12時間未満の検査は感度35%・陰性的中率66%と非常に低いです。
仮に陰性とでても、真に陰性である確率は66%です。34%の確率で、本当は陽性であった可能性があります。
一方で、発熱後24〜48時間ですと、感度・特異度・PPV・NPVもすべて非常に高いです。(個人的な予測値より、かなり高い結果でした)
研究の私的考察
日本への一般化は注意が必要だが、十分に有用な情報
スイスと日本ではインフルエンザの流行、医療へのアクセス、検査キットの種類など様々に異なる点が多いため、そのまま日本の小児に当てはめるのは難しく、解釈には注意が必要です。
とはいえ、12時間未満の検査の感度の低さは、おそらく日本でも同様と思います。
24〜48時間の検査はとても有用
(診断することの意義、投薬をすることの妥当性は置いておいて)診断を正確に行うという点では、発熱後24〜48時間の感度・特異度は予想より高かったです。
一方で、12〜24時間と48時間以降のデータは予想外に低かったです。
まとめと雑感
以上から、発症早期のインフルエンザ検査はオススメしません。
データが示す通り、発症してから24〜48時間後に検査をされると良いでしょう。
(具合が悪くなければ、夜間に慌てて受診する必要はありません)
発症24〜48時間に検査をするメリットを知りましょう
この時間に検査をするメリットは大きく;
- 検査の感度が非常に高いです
- 陰性の場合、かなり高い確率で『インフルエンザではない』と言い切れます
- つまり、痛みを伴う検査を繰り返し行う必要がなくなります
疫学者としての感想
日本では毎年かなりの数の迅速検査がされて、抗インフルエンザ薬が処方されています。
このため、サンプル数が非常に多く、臨床研究をできる土台は整っていると思います
限りある資源の有効活用する、日本発のエビデンスを整えるという意味でも、せっかくこれだけ多くの検査するのであれば、今回のような妥当性をチェックした論文が今後、多数出てくればいいな、と思いました。
◉ インフルエンザ感染予防に、手指の消毒は入念に行いましょう。