一般論として、母乳栄養はこどもにとってメリットが大きいとされています。
例えば、
- 感染症のリスクが減る
- SIDSのリスクが減る
などが報告されています。
近年、母乳はこどもの将来の肥満や生活習慣病のリスクを下げるかもしれない、と複数の報告がありますが、いずれも観察研究であり、いまだ確定的なことはいえません。
このため、今回の研究ではランダム化比較研究(RCT)の追跡データをうまく利用して解析が行われています。
本記事の内容
- 母乳栄養と肥満の背景
- 研究の方法
- 研究結果の考察
この論文はJAMA pediatricsという小児科のトップジャーナルに掲載されたものです。
とはいえ、「有名どころ=結果は信頼できる」というわけではありません。少し疫学的な視点を持ちながら読み進めていきましょう。
完全母乳栄養と小児肥満について
現時点でわかっていることですが、
- 小児肥満の人口は多くの国で増加中(日本はプラトーに達した)
- 小児期の肥満は成人期の肥満に移行しやすい
- そして成人期に生活習慣病になりやすい
と考えられています。
一方で、小児肥満の予防を目的として、明確なエビデンスのあるアプローチがありません。
1つ考えられるのが、完全母乳の促進です。聞いたことがある方が多いかもしれませんが、
- 完全母乳栄養は小児肥満を予防するかもしれない
と多数報告されています。
しかし、この研究結果はほとんどが観察研究であり、例のごとく交絡因子、選択バイアス、出版バイアスといったバイアスの可能性があり、完全母乳栄養が将来の肥満を予防するかは確定的なことがいえません。
そのため、イギリスで行われたRCTの追跡調査の結果を使って、完全母乳栄養の効果を検討しています。
研究の方法
研究デザイン
今回の研究はPROBIT(Promotion of Breastfeeding Intervention Trial)のデータを使用して行われました。この研究は、
- Cluster randomized trial (31の診療所が対象)
- 1996〜97年に出生した17,046人の健常新生児
を対象に行われました。
介入として
- 母乳栄養を促進する
- これまで通りの診療をする
の2グループに分けています。実際、生後3ヶ月時点で、
- 母乳促進グループ:45%が完全母乳
- コントロールグループ:6%が完全母乳
という結果でした。
アウトカムについて
本研究のアウトカムとして、
- 体重・身長とBMI (z-score)
- 体脂肪率
- 腹囲
- 血圧
を計測しています。
計測点として、平均3ヶ月、12ヶ月、2.8歳、8.5歳、14.5歳の5点が使用されました。
解析方法
RCTをしているため、解析方法は、
- ITT(Intention-to-treat)+ 共変数の対処
- 操作変数法(IV: instrumental variable)
を使用しています。
ITTと操作変数法について
操作変数法(Instrumental variable method)について分からない方が多いと思うので、少し説明します。
ITTとセットで考えると理解しやすいと思います。この手法は遺伝疫学などで、メンデル化ランダマイゼーション(Mendelian randomization)として、よく使用されています。
操作変数法の前に、ITTについて復習しましょう。
ITTは、その人がランダムに割り当てられた介入・治療の効果をいいます。
今回でいえば、完全母乳を推進するクリニックに受診したか否かになります。ITTでは、受診した人が実際に完全母乳栄養を実際に行ったか否かは気にしません。
このため、上のDAGでいうと、「ランダム化→(完全母乳)→アウトカム」全体の治療効果をみています
ITTの欠点は、今回の研究のように治療のコンプライアンスが悪いと、治療効果そのものを過小評価してしまいます。
このため操作変数法(IV)を今回は組み合わせています。
操作変数法では、「完全母乳→アウトカム」の経路をみます。メカニズムは非常に単純でして、
- 「ランダム化→(完全母乳)→アウトカム」
- 「ランダム化→完全母乳」
の2つの経路を考慮して、「完全母乳→アウトカム」を推定します。
もう少し平たく説明すると、ITTの経路「ランダム化→(完全母乳)→アウトカム」から、「ランダム化→完全母乳」を差し引いてあげれば、「完全母乳→アウトカム」の経路がわかるという考え方です。
操作変数として使用されるのは、今回のようなランダム化や、遺伝子(メンデリアン・ランダマイゼーション)などが該当します。
操作変数法の利点として、観察研究であっても
- 計測された交絡、計測されていない交絡(つまり全ての交絡)も対処できる
点があげられます。
疫学研究において、ランダム化以外で全ての交絡を対処できる方法は多くはなく、操作変数法やフロント・ドア法などが代表的な手法です。
欠点としては、「理想的な」操作変数がなかなか見つからない点と、治療効果は研究参加者全員が対象ではなく、Complier(ランダムな割付に従った人たち)のみを対象にしています。
Complierたちが何者なのかを説明するのは、データから難しいことがしばしばあります。
研究結果と考察
研究の対象となった17,046人のうち、13,557人が研究の対象となりました。
- 80%の対象者
- 約16年の追跡
をしています。
完全母乳栄養と肥満
Cluster RCTにより施設に対してランダムに母乳栄養促進をするように割り当てていますが、母乳栄養を促進した施設に受診した小児は、そうでなかった小児と比較して
- 過体重のオッズが1.14倍(95%CI, 1.02〜1.28)
- 肥満のオッズが1.09倍(95%CI, 0.92〜1.29)
と、16年後の過体重・肥満のリスクが上昇していました。
操作変数法を使用しても、同様の結果でした。
体重・身長・BMIの推移
こちらは完全母乳栄養を推進したクリニックに受診した小児と、そうでない小児の体重とBMIの推移をみています。(論文から拝借)
体重と身長に関しては15歳までは、母乳グループのほうが高い傾向にあります。
BMIに関しては母乳を推進しているグループのほうが、2.8歳〜8.5歳で高い傾向にありました。
疫学的な視点から
あくまで私の個人的な感想になりますが、予想と反した結果でした。
これまでの定説ですと、完全母乳栄養では将来の肥満を予防効果があると考えられていたからです。
疫学研究の評価をする場合、その結果が予測されたものであろうと、そうでなかろうと、常に同じアプローチで吟味する必要があります。
私の場合、およそ3つのアプローチでみています
- 交絡因子
- 選択バイアス
- 誤分類・計測エラー
今回でいえば、体重・身長の計測は複数回行って妥当性まで評価しているため、計測エラーの可能性は低いと考えられます。
交絡因子については、ランダム化を行っており、完全母乳栄養を推進する前に起こったものについては、すでに対処されています。
これは、操作変数法でも同様です。
著者らはもこの点はすでに言及していますし、交絡因子(Confounder)と媒介因子(Mediator)を意識した対処法がされています。
しかし、今回の研究は「Cluster」RCTです。
個人個人をランダム化したわけではないので、ランダム化の失敗(randomization failure)が起こり、交絡が残っている可能性は十分にありえます。
選択バイアスについてはどうでしょうか。
15〜16年の追跡期間に20%ほどが研究からドロップアウトしています。選択バイアスを図式化(DAGで)すると、以下のようになります。
選択バイアスがある場合、有名な対処法として、
- Inverse probability weighting (IP weighting)
- Multiple imputation
があり、著者らは後者を使用しています。
Multiple imputationを使用するには、前提が必要で、missing at random(MAR)という仮定を置きます。
これは、欠損値(つまり追跡不能となったデータ)は、計測された変数で予測できるという前提です。
この前提が成立しているか否かは確かめようがないですが、20%の追跡不能例によって肥満/過体重が見かけ上、多く見えてしまっている可能性もありうるでしょう。
著者らの生物学的なメカニズム
なぜ母乳が10代の肥満率をあげるのか、説明可能なメカニズムについても気になりました。
著者らは、
- 母親の母乳に含まれるホルモンに長期間暴露する
- そのため、脂質代謝や脂肪の蓄積が変わるのではないか
と説明しています。
どのホルモンなのか、経口摂取で血中濃度が上がるものなのか、その真意は記載されておらず、これからの研究結果を待つことにしましょう。
まとめ
今回の研究では、完全母乳栄養のグループのほうが過体重や肥満率が高い傾向にありました。
解析方法に重大な欠陥はありませんが、まだ結論づけるのは早い気がします。
今後の研究結果を待とうと思います。
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