母乳には非常に多くのメリットがあるのは、過去に非常に多くの研究がされ、ご存知の方が多いとは思います。また、例えば、アメリカ小児科学会は、
- 少なくとも生後6ヶ月は乳児に完全母乳栄養を推奨する
と発信しています。
完全母乳栄養のメリットが大きいのは分かってはいるのですが、実際にそれを開始し、続けてもらうことは、理論上のメリットより遥かに難しい側面があります。
例えば、The Healthy People 2020では、
- 母乳開始を81.9%
- 生後6ヶ月まで完全母乳栄養を25.5%
を目標にしていますが、2011年時点のデータでは、前者はアメリカ50州のうち12の州でしか、後者は2つの州でしか達成できていません。
母乳栄養を推進するのに重要な因子は
- 母子分離を最小限にする
- 母子の接触時間を長くする
- おしゃぶりは使用しない
- 医学的に必要な時にのみ、人工乳を使用する
などが言われています。
アメリカの場合、妊娠・出産で入院した場合、合併症がない限りは48時間以内に退院するケースがほとんどです。
このため、日本と比べると急ぎ足でことが進むことがあり、施設によっては、出産して数時間度に新生児の初めての沐浴をする病院もあるようです。
今回の病院も、出産後の数時間で新生児を沐浴させる方針でしたが、それを12時間以降にまで遅らせることで、母乳の推進に役立ったか否かを評価しています。
研究の方法
今回の研究はBoston Medical Centerで2009〜2010年に行われた後方視的な観察研究で、治療方針の変更に伴い母乳促進が達成できたかを、前後比較しています。
こちらの病院は、貧困世帯やマイノリティーの方々を受け入れている病院のようです。
対象となった新生児は、
- 健常な新生児
- 急性・慢性疾患なし
- NICUに入室の必要なし
などを基準にしています。
介入とアウトカムについて
- 前:生後2時間で沐浴に入れる
- 後:生後12時間で沐浴に入れる
この前後で、アウトカムを比較しています。アウトカムは、
- 完全母乳を達成
- ほぼ完全母乳:90〜99%の哺乳が母乳
- 母乳を開始できた
の3項目をメインに検討しています。
研究結果と考察
最終的に714名が解析の対象となり、348名が生後2時間で沐浴に入れる時期に出生し、354名が生後12時間で沐浴に入れる方針の時期に出生しました。
両者のグループで大きな違いはなく、
- 37-40週が80%
- 経膣分娩が70%ほど
- 90%が2500-4000gの出生体重
- 50%ほどが20代の母親、40%ほどが30台
- 黒人が4−5割、ヒスパニックが3−4割
でした。
介入効果(前後比較)の結果
沐浴を生後2時間→12時間に変化させた場合、母乳栄養達成率は、
- 生後2時間:32.7%
- 生後12時間:40.2%
と増加しています。Logistic regressionを用いて回帰分析をすると以下のようになりました
前 (2時間) |
後 (12時間) |
|
完全母乳 | 1 | 1.39 (1.02, 1.91) |
ほぼ完全母乳 | 1 | 1.59 (1.18, 2.15) |
母乳開始 | 1 | 2.66 (1.29, 5.46) |
つまり、最初の沐浴のタイミングを半日ほどずらすことで、
- 完全母乳を達成
- ほぼ完全母乳:90〜99%の哺乳が母乳
- 母乳を開始できた
の3項目とも改善しています。
考察と感想
日本において出産というと、特に大きな合併症がなければ5日前後で退院になることが多いのではないでしょうか。
他の先進国の事情に詳しいわけではありませんが、アメリカやイギリスでは48時間以内に退院となることがほとんどです。
日本ですと、最初の沐浴のタイミングは施設毎に異なるでしょうが、出産の翌日〜数日以内での開始が多いのではないでしょうか。2時間 vs 12時間後で議論しているあたり、医療事情が異なる印象を受けました。
著者らは沐浴のタイミングをずらすことで、
- 体温の変動が少なくなった(低体温の予防)
- 結果として低血糖のリスクも抑えられた
- 母子の接触時間が増えた
- これらの相乗効果
を予測しています。
ですが、これらの指標はこの研究では実際には計測されておらず、予測の域を出たわけではありません。
逆にいうと、このあたりの計測がしっかりしていれば、このメカニズムを語る上で有用だったのかもしれないですね。
まとめ
今回の研究では、新生児の最初の沐浴のタイミングを半日ほど遅らせることは、母乳栄養を推進するのに有益であるかもしれない結果でした。
アメリカと日本ではやや医療事情が異なるので、外的妥当性や一般化については慎重に考えた方が良いと思います。