保湿で乳児のアトピーは予防できるのか?
今回は『赤ちゃんの皮膚を保湿すれば、アトピーの発症を予防できるか?』という疑問に答えた研究を紹介します。
英語になってしまいますが、原著論文はこちらから参照できます:
アトピー性皮膚炎の特徴
アトピー性皮膚炎ですが
◎ 20%程度のこどもでアトピーが発症している
◎ アトピーの子供の半数は2歳までに湿疹ができる
という特徴があります。
アトピー性皮膚炎では、痒みがひどく、皮膚を搔き壊したりして、肌がガサガサに荒れます。
痒みのため、夜間に起きてしまったりして睡眠の質が下がったり、学校生活で授業に集中できなかったり、荒れた皮膚に感染症を発症したり、と生活の質を著しく落としてしまいます。
■ アトピー性皮膚炎発症のメカニズム
皮膚は アトピー性皮膚炎の発症メカニズムは、はっきりしていませんが:
◎ FLG (filaggrin)という遺伝子の障害
◎ 皮膚のバリア機能の障害
◎ 乾燥による皮膚の炎症
あたりが原因と考えられています。
▪️ 皮膚のバリアが壊れると、他のアレルギー疾患も起こりやすい
さらに、皮膚のバリアが障害されると、喘息や食物アレルギーなどのアレルギー疾患にもなりやすいです。
皮膚には免疫細胞が沢山いて、荒れた皮膚にアレルゲンといわれるアレルギーの原因物質が到達すると、免疫細胞が過剰に反応してしまうためです。
例えば、荒れた皮膚に卵が触れると、卵に対して体が過剰に反応をして、食物アレルギーになるのでは?、と仮説が専門家のなかでささやかれています。
▪️ 皮膚の状態がよければ、アレルギー疾患は予防できる?
ここから予測できるのは、『皮膚の状態が悪いと、アトピー性皮膚炎になるだけでなく、他のアレルギー疾患に罹りやすくなる』という点です。
この仮説を逆説的に捉えると、『皮膚の状態が良ければ、アトピー性皮膚炎の発症予防になる。さらに、喘息や食物アレルギーなど、他のアレルギー疾患への予防にもなるのでは?』と推測できます。
■ 遺伝子は変えられないが、皮膚のケアから予防できる
アトピー性皮膚炎の原因として、
- FLG遺伝子
- 皮膚の乾燥
- 皮膚の防御機能の障害
と説明してきました。
FLG遺伝子は出生前に決められたものなので変更はできません。
ですが、皮膚の乾燥やバリア機能の障害は防ぐ事ができます。
生後早期に保湿をしっかりして、バリア機能の崩壊と乾燥を防げば、アトピーの発症は予防できるかもしれません。
今回の臨床試験では、 「生後早期に保湿をして、アトピー性皮膚炎の予防ができるか?」 という点を解明しています。
今回の臨床研究について
今回の研究は東京都世田谷区にある国立成育医療センターで行われたものです。
■ ランダム化比較試験について
研究はランダム化比較試験という手法をとっています。
この『ランダム化比較試験』という手法は、臨床研究のゴールド・スタンダードといわれています。
なぜなら、治療(今回は保湿)を無作為(ランダム)に患者さんに割り付けることで、治療群と非治療群の特徴(性別、家庭環境など)が等しくなるからです。
■ 研究の詳細
この研究は
◎ 2010年11月〜2013年11月に施行
◎ 家族(親 or 同胞)にアトピー性皮膚炎の方がいる方のみ
を対象に行われた研究です。
合計116人の新生児が参加し、
● 58人に保湿剤とワセリン
● 58人にはワセリンのみ
を使用しました。
使用された保湿剤は資生堂の「2e (ドウーエ)」のようです:
ワセリンは薬局でも発売されています:
生後32週まで使用して、「保湿剤とワセリン」の治療群と「ワセリンのみ」のコントロール群で、乳児湿疹/アトピー性皮膚炎の発症に差がないか追っています。
さらに、血液検査でアレルゲン特異的なIgEが上昇、皮膚のpH、皮膚に黄色ブドウ球菌の定着、食物アレルギー、喘息の有無をチェックしています。
こちらが研究結果
■ 保湿剤は乳児湿疹を予防できる
こちらが結果です;
○ Interventionは『ワセリン+資生堂の「2e (ドウーエ)」 』
△ Controlは『ワセリンのみ』
のグループです。
Y軸は「アトピー性皮膚炎/乳児湿疹がない割合」をみています。
つまり、Y軸は上にいくほど治療効果があり、アトピー性皮膚炎の予防に成功したといえます。
この図では、ワセリンと資生堂の「2e (ドウーエ)」を使用したほうが、明らかにアトピー性皮膚炎の予防が上手くいっています。
“log-rank検定”という統計手法でみると、「ワセリン+資生堂の「2e (ドウーエ)」を使ったグループのほうが、アトピー性皮膚炎の発症率は低かったです。
■ アレルギー検査の結果は変わらない
こちらは卵とオボムコイド(卵白の成分)のアレルギーを血液検査でみたものです。
こちらの結果は、残念ながら「2e (ドウーエ)」を足しても効果は認めませんでした。
研究の結論と問題点
ここで研究結果の結論と、小児科医・疫学者として見た問題点を解説していきます。
■ 結論 〜この研究からいえること〜
ワセリンと「2e (ドウーエ)」を使って保湿をした場合;
◎ 乳児湿疹のリスクは減らせる
◎ 血液検査で、食物に体するアレルギー反応は変わらない
となります。
新生児〜乳児期は非常に皮膚トラブルの多い時期です。
乾燥肌になりやすいので、保湿をして皮膚のバリアを構築するのは、明らかにメリットがあるでしょう。
■ 問題点1:アトピー性皮膚炎の診断
問題点として、この論文中にも述べられていましたが、アトピー性皮膚炎の診断です。
この論文では「乳児湿疹=アトピー性皮膚炎」と決めつけていますが、本当にこの分類でよいのか疑問に思いました。
一般に、1歳未満の乳児に「アトピー性皮膚炎ですね」と断言できるケースは多くなありません。
多くのお子さんはアトピー性皮膚炎ではなく、単なる乳児湿疹だったのでは?と疑いたくなります。(詳しくはこちらの記事を見てください↓↓)
■ 理論上、ワセリンでも同じ効果があるはず
この研究では、コントロール群のワセリンの使用量が不明確でした。
「最小限のワセリン使用した」と本文に書いてありましたが、「最小限」とはどの程度だったのか気になります。
というのも、ワセリンでも十分に保湿できますし、皮膚の保護作用もあるのです。
ワセリンでもしっかり塗っていれば、湿疹予防をできるのでは?と思いました。
■ 『2e(ドウーエ)』以外でも有効!?
「2e (ドウーエ)」以外の保湿剤を使用した場合の結果も気になります。
小児科医はヒルドイドやビーソフテンという保湿剤を出しますし、保護者の方は市販のベビーローションを使っていると思います。
「2e (ドウーエ)」での結果を、他の保湿剤にまで拡大解釈してよいのか、少し疑問です。
■ アトピー性皮膚炎の家族歴のない人は?
あと、この研究に参加しているのは、「家族歴にアトピー性皮膚炎のある新生児」のみです。
逆にいうと「家族歴にアトピー性皮膚炎のない新生児」に保湿が有効であるかどうかは分りません。
この辺りは、もう少し大規模な研究が必要となるでしょう。
とはいえ、赤ちゃんに保湿するメリットはある
あくまで小規模の臨床研究ですので、様々な欠点はつきものです。
しかし、全体として「赤ちゃんの皮膚を保湿すること」は、乳児湿疹の予防にはなり、メリットが大きいと私は考えています。
実臨床での印象と非常にマッチする研究結果ですし、
『皮膚の保湿はしっかりしましょう』
と保護者の方にはオススメしたいと思います。
◎ 一般の方向けのアトピー性皮膚炎の本はこちらがオススメの1冊です。小児アレルギー科専門医が書いた教本です。イラストも多く使っていて、シンプルな文章で書かれているため、とても読みやすいです。