- 無駄な医療費を抑制するには、どうしたらよいでしょうか?
- 賢く医療を選ぶのに、非医療者になにができますか?
近年、日本も医療費が高騰しつづけており、将来が不安しされています。
もちろん、医師が適切な治療の選択をしなければいけないのですが、医療の決定は医療者と患者さんとの関係性から産まれるものです。
みんなで「賢明な医療とはなにか」を考えるきっかけになっている「Choosing Wisely(賢明な選択)」について、今回は説明していこうと思います。
賢明な選択とは?
『Choosing Wisely(賢明な(医療の)選択)』では、
- 患者さんにとって真に必要で
- 科学的な根拠(裏付け)があり
- 副作用の少ない医療(治療や検査)
を、患者と医療者での対話を通じて『賢明な選択』を目指しています。
医療とは医師が一方的に決めることではなく、『患者さんとの対話』という視点が盛り込まれているのが重要です。
なぜ賢明な選択が必要?
近年は医療の発展に伴い、様々な薬が開発され、検査の種類も豊富になり、さらに医療へのアクセスも改善しています。この一方で、
- 過剰な検査・診断が増えている
- 薬が過剰に処方されている
- 総医療費が上昇している
といった弊害も起こっています。
『賢明な選択』の動きは、北米(アメリカ・カナダ)や欧州(イタリア・スイス・イギリス)、オーストラリア、日本へと輪が広がっています。
小児医療にも『賢明な選択』が必要な理由
医療者が常に『賢明な選択』ができれば起こらない問題ですが、現実はそうではありません。
例えば、小児でも感冒に対し本来不要な抗菌薬が処方されており、医療費の高騰、副作用、耐性菌の増加などが問題になっています。
医療を持続可能なものにするためにも、無駄な医療をなくし、副作用の少なく、科学的根拠のある医療を続ける必要があります。
『賢明な選択』のための10のリスト
アメリカ小児科学会(AAP)も、小児科医と子供を持つ保護者へ向けて『賢明な選択』において10のリストを提唱しています。
今回はこちらの10のリストを簡潔に紹介し、次回からそれぞれの項目に関して、詳しい説明をしていきます。
1. 抗菌薬をウイルス性の呼吸器疾患で使用しない
『ウイルス性の呼吸器疾患』といわれてもピンとこないかもしれませんが、
- 急性上気道炎(いわゆる『かぜ』)
- 急性咽頭炎(喉のかぜ)
- 副鼻腔炎
- 気管支炎
- 細気管支炎(RSウイルスなど)
が該当します。
アメリカなど一部の先進国では抗菌薬の処方率は低下傾向にありますが、本来は不要な抗菌薬が処方されています。
抗菌薬を処方するデメリットとして;
- 耐性菌を増やす
- 医療費が増大する
- 副作用のリスクが上がる(嘔吐・下痢・薬疹など)
があげられます。
現に、日本では「マクロライド系抗菌薬(クラリスやジスロマック)」が過剰に処方されており、耐性菌が非常に問題になっています。
2. 四歳未満の乳幼児に風邪薬を使用しない
- 咳止め
- 鼻水止め(抗ヒスタミン薬)
- 痰切り
といった薬を処方しない、使用しないことが推奨されています(特に4歳未満の乳幼児)。
『咳が出てるから、咳止めの薬』は一見すると理にかなっているように思えますが、咳止めを使用しても風邪の期間が短縮するわけではありません。
科学的根拠のない治療であり、薬の副作用や過剰投与のリスクが上がるため、推奨されていません。
3. 軽症の頭部外傷ではCTは不要
軽症の頭部外傷で受診される小児は多いです。
時々「心配ですのでCTを撮ってください」といわれることがありますし、小児の頭部外傷を見慣れていない医師が「念のため」とCTやレントゲンを撮影されているケースがあります。
臨床的に軽症と判断されたのならCTやレントゲンは不要な検査です。
海外の研究では、救急外来に受診された軽症頭部外傷患者の50%が頭部CTを撮影されていたと報告されています。
小児科医や救急医も「PECARN criteria」など診断基準を用いることで、不必要な頭部CTを減らせるかもしれません。
4. 単純型熱性けいれんではCTやMRIは不要
日本では、熱性けいれんは7〜8%の小児が起こすといわれています。
熱性けいれんは基本的に良性のけいれんですので、CTやMRIは不要です。
それぞれの検査にはデメリットがあり、
- CTは被爆(とそれに伴う悪性腫瘍のリスクの増大)
- CTもMRIも鎮静薬(眠り薬)が必要
- CTやMRIはコストが高い
があげられます。
特にCTを頻回に撮影すると、白血病や脳腫瘍のリスクが上昇すると報告されています。
5. 腹痛の精査のため、ルーチンでCT検査をしない
同じ理由で腹痛の精査のため、ルーチンでCT検査をしないように推奨されています(*ルーチンとは、簡単にいうと「毎回のように、当たり前のように」)
例えば小児の腹痛では「腸重積」や「虫垂炎(いわゆる盲腸)」が要注意ですが、これらの診断は超音波でも行えます。
6. 早産児に気管肺異形成(BPD)の予防のために高用量のステロイドを使用しない
早産児の気管肺異形成(BPD:bronchopulmonary dysplasia)予防に高用量(0.5 mg/kgのデキサメサゾン)のステロイドが使用されることがありますが、低用量と比較してメリットがなく、副作用のリスクが高まるだけなので、高用量の使用は推奨されていません。
7. 既往を無視してアレルギー検査のスクリーニングをしない
「離乳食開始前に、心配なのでアレルギー検査を全てしてほしいです」
「近所の開業医でアレルギー検査でみれるもの、すべてしてもらいました」
といった相談を時にお聞きします。
過去に特定の食品を食べてアレルギー症状がでたのか、家族で食物アレルギーの方がいるのか、といった情報を無視してアレルギー検査を行うことは推奨されていません。
例えば海外で
- 8%の小児で、ピーナッツに対する血中IgEが上昇していた(感作)
- 1%の小児が、ピーナッツを食べて実際に症状が出た(アレルギー)
という結果があります。
つまり、血液検査のみでピーナッツのアレルギーを判断しようとすると、7%のお子さんは「本当はアレルギーではないのに、アレルギーである(偽陽性)」と判断され、不必要な食物除去をされることになります。
血液検査で特定の食品に対してIgEの値が高くても(感作)、その食品に対してアレルギー症状が出るとは限らないのです。
8. 新生児・乳児の逆流(嘔吐)に薬を使用しない
1歳未満の新生児・乳児は、体の構造上の問題で非常に嘔吐をしたすいです。この嘔吐に対して
- 制酸剤(ファモチジンなど)
- 蠕動薬(ナウゼリン)
を使用しても、有効ではありません。
また、不要な検査(造影検査など)も控えるように推奨されています。
検査の適応の目安として
- 逆流による呼吸障害があった
- 体重増加不良がある
などがあげられています。
9. 無症候性細菌尿に対しスクリーニングで培養検査をしたり治療をしない
症状がないけれど尿から細菌が検出されることを「無症候性細菌尿」といいます。
この無症候性細菌尿に検査を追加したり、治療をすると
- (本来不要な)医療コストがかかる
- 偽陽性や陰性の結果に臨床医が踊らされる
- (本来不要な)抗生剤を投与され、耐性菌のリスクが上がる
といったデメリットがあります。
10. 自宅で無呼吸アラームをSIDS(乳児突然死症候群)の予防目的でルーチンで使わない
乳児突然死症候群(SIDS)は、乳児が原因不明のまま突然死してしまうことをいいます。
その一因として無呼吸があげられており、「無呼吸を早く気付ければ、SIDSは予防できるのではないか?」と考えるのは、一見すると理にかなっているように思うかもしれません。
しかし、現在、販売されている無呼吸などのアラームの精度は低く、有効性はみとめられておりません。
SIDSの予防であれば、無呼吸アラーム以外にも科学的根拠のある方法が沢山ありますので、まずはそちらを実践してみましょう。
まとめ
今回は、小児科医と保護者がすべき「賢明なる10の選択リスト」を説明してきました。
次回からは、それぞれのリストについて、詳しく説明していこうと思います。
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私個人としては、「かぜは自然に治る」という感覚を育てることが、小児医療にとって大事だと感じています。