疫学

心疾患のリスクは胎児期からも由来している【Barker仮説】

ライフコース疫学やBarker仮説について知りたい方々へ

『Barker仮説』と言われても、一部の専門家以外はほとんど知らないと思います。

あるいは、何となくイメージはあるけれども、現実問題としてどのような疾患で報告されていたのか、詳しく知りたい方もいると思います。

そこで、今回はライフコース疫学の根幹であるBarker仮説の論文を紹介しつつ、説明していこうと思います。

本記事の内容

  1. Barker仮説について
  2. Barker仮説と胎児期の低栄養
  3. 理論的な背景
  4. この仮説の問題点

今回は、Barker氏自らが記載したこちらの論文を紹介しつつ、簡潔にBarker仮説について説明していこうと思います。

Barker氏の報告した心疾患以外にも、沢山の疾患でも想定できる理論ですので、様々な専門分野の方が知っておいても損はないと思います。 

 

Barker仮説について

Barkerはイギリスの医師・疫学者であるDavid Barker氏のことです。

1986年に「低出生体重児は、成人期に生活習慣病を発症するリスクが高い」と報告したことで有名です。(*生活習慣病:メタボリックシンドローム、心血管系疾患、脳卒中、糖尿病など

「胎児期の環境と、成人期の疾病のリスク」という、一見すると関係なさそうな両者を、生物学的な視点から解説している有名な論文です。

Barker仮説とは?

Barker仮説は

「子宮内で低栄養に曝された胎児は、出生体重が減少し、環境に適応するためエネルギーを溜め込みやすい体質になる。出生後に栄養環境が改善すると、相対的な過栄養となり、疾病を発症するリスクが高くなる」

が主な論旨です。

「環境に適応するため、エネルギーを溜め込みやすい体質になる」という点は、体の機能や構造を変化させるため「胎児プログラミング」と呼ばれることがあります。

このため、Barker仮説は「胎児プログラミング仮説」と呼ばれることもあります。

少し分かりにくいと思うので、簡単に図式化して見ました。

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非常に簡略的に説明させていただくと

  1. 胎児期に低栄養
  2. エネルギーを溜め込みやすい体質になる
  3. (出生以降に普通の栄養を摂取しても)栄養過多となる
  4. 将来の生活習慣病となる

というステップ(仮説)が考えられています。

実際に、1944〜1945年にデンマークで食糧難(飢饉)があったのですが、その時期に出生した人々(低栄養に曝されていた)は肥満になりやすい、生活習慣病になりやすいと報告されています。

低栄養が問題になる胎児期

ここまで胎児期の低栄養について説明しましたが、現実問題として「胎児期のいつ頃の低栄養が問題でしょうか?」と疑問に思っている方もいるでしょう。

受精して胎児が形成され、最終的に新生児として出生するわけですが、この胎児期でも低栄養を受けやすい時期があると考えられています。

妊娠の前半をざっくりと2つに分けると

  • 9週まで:基本的な構造を形成する
  • 9週以降:細胞分裂が早くなり急激に大きくなる

となります。

Barker氏の論文では、この9週以降に急激に大きくなる時期に低栄養であると、エネルギーを溜め込みやすい体質となり、将来の生活習慣病のリスクが上がると考えています。

別の言葉でいうと、9週以降に起こる急激な成長期は、プログラミングの起こる「臨界期(Critical Period)」と考えられます。

 

胎児期の低栄養が生活習慣病のリスクになる理論的な背景

胎児期の低栄養が生活習慣病のリスクになりやすくなる理由についても、複数の生理学的な視点から説明しています。

低栄養になると、

  • 細胞分裂の周期が遅くなる
  • インスリンや成長ホルモンが過剰に分泌される

といった点が指摘されています。

細胞分裂の周期が遅くなる問題

胎児期の低栄養によって細胞分裂の周期が遅くなる問題点として、

  • 筋細胞の発達が遅れる(筋肉量が減る)
  • 肝臓の発達が遅れる
  • 血管の弾力性が損なわれる

といった可能性があります。

筋肉量が少ないと糖の代謝が下がるため、インスリン抵抗性や糖尿病の危険因子になりえます。

肝臓の発達が遅れると、肝酵素の機能が悪くなり、例えばフィブリノーゲンやコレステロールが上昇しやすくなります。

血管の弾力性が損なわれると、それだけで将来の高血圧や脳卒中、冠動脈疾患のリスクとなりえます。

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簡単に模式図を書くと、上のようになります。

(*本当はもっと複雑ですが、かなり簡略化していますのでご容赦ください)

 Barker仮説の矛盾点

Barker仮説に矛盾点は指摘されています。例えば、

  • 巨大児でも生活習慣病の発症リスクが高くなる
  • 早産でも生活習慣病の発症リスクが高くなる
  • 世代間の連鎖

などは「胎児プログラミング」のみでは説明困難で、矛盾点に関する批判もあります。

この辺りは、今後の研究課題ともいえます。

まとめ

今回はBarker氏自身の論文をピックアップし、Barker仮説について簡単にまとめました。

胎児期からすでに疾病のリスクが始まっているという視点は、周産期や小児医療に関わるものとして、非常に大切な視点といえます。

もちろん、この仮説のみで全ての病気や疾患の機序が説明可能なわけではありませんので、過信しすぎないことも重要です。

 

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ABOUT ME
Dr-KID
このブログ(https://www.dr-kid.net )を書いてる小児科専門医・疫学者。 小児医療の研究で、英語論文を年5〜10本執筆、査読は年30-50本。 趣味は中長期投資、旅・散策、サッカー観戦。note (https://note.mu/drkid)もやってます。