感染症

ホスホマイシン(ホスミシン®︎)と溶血性尿毒症症候群(HUS)について

  • 「細菌性胃腸炎にはホスホマイシン(ホスミシン®︎)を」

と考えている小児科医は少なくなく、ウイルス性でも細菌性でも胃腸炎にホスホマイシンを投与されているケースが多々あります。

細菌性胃腸炎に、HUS(溶血性尿毒症症候群)の予防目的にホスホマイシンが使用されるケースが多々ありますが、このエビデンスは国内で行われた後ろ向き研究のみです。

こちらの論文を提示されることがあるのですが、実際に行われた研究の質についても確認しておいたほうがよいと考えています。

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

研究の方法について

  • 年齢
  • 性別
  • 初回受診時の病日
  • 白血球数
  • CRP値
  • 抗菌薬の使用状況

を7施設に送り、便培養で志賀毒素産生性の大腸菌(STEC)が検出された小児を対象にアンケート調査されました。

1997〜2013年にSTECが検出された118人の小児が対象となっています。

研究の結果と考察

HUSの発症率について

対象となった118人中、

  • 64人がHUSを発症
  • 54人がHUSを発症せず

でした。(*この集団では非常に高いHUSの発症率です)

抗菌薬の処方とHUSの発症について

HUSを発症しなかったグループでは、54人中43人(80%)は抗菌薬を処方されていました。

一方、HUSを発症したグループでは、64人中40人(63%)は抗菌薬を処方されていました。

論文中のデータを拝借して、交絡因子を対処せずに解析をすると、以下のようになります。

f:id:Dr-KID:20180915133033p:plain

HUSを発症しなかったグループと比較して、HUSを発症したグループの抗菌薬の使用オッズは0.43倍ですが、95%信頼区間は1をまたいでおり、統計学的な有意差はありません。(Chi-square検定ならギリギリ有意差がでています) 

多変量解析の変数の選択について

  • 性別
  • 年齢
  • 白血球
  • CRP
  • 抗菌薬の使用(いずれか、経口抗菌薬、ホスホマイシン)

がHUS発症群と非発症群で統計学的な有意差を認めました。これらの変数が多変量解析に組み込まれています。

Modern Epidemiologyの著者らをはじめ、多くの疫学者や統計学者は、Stepwise regressionをはじめ、P値に基づいた変数の選択を好みません。

理由として、P値に基づいた変数選択では、交絡因子か否かの判断はできません。
さらに、回帰分析のモデルがデータにフィットしすぎて(over-fit)、95%信頼区間が必要以上に狭くなることがあるためです。

つまり、偽陽性の多い結果となります。(にもかかわらず、観察研究などではよく利用されています)

ホスホマイシンとHUSについて

上記で行った多変量解析では、HUS発症のオッズに関して

  • ホスミシンを使用:OR 0.15(95%CI, 0.05〜0.45)

となっています。

著者らはこれを根拠にホスミシンのHUS発症予防効果を示唆しています。

私的考察 1 :コントロールの設定について

ホスミシン vs. ホスミシン非使用者の OR = 0.15と出ていますが、比較対象とするのであれば、ホスミシン非使用者(別の抗生剤を使用した人を含む)ではなく、抗生剤を全く使用していない人たちです。

著者らのテーブルから読み取ると、ホスミシンの使用者は、

  • HUS発症グループ:20人
  • HUS非発症グループ:30人

でした。

一方で、抗菌薬を全く使用しなかった人は、

  • HUS発症グループ:24人
  • HUS非発症グループ:11人

でした。

以上を踏まえて、私のほうで解析をしてみますと、以下のようになります。

f:id:Dr-KID:20180915140939p:plain

HUSを発症しなかったグループと比較して、HUSを発症したグループはホスミシンを使用するオッズが0.31倍であったといえます。95%信頼区間をみても1をまたいでおらず、統計学的な有意差があります。

つまり、この結果だけですと、ホスミシンのHUS発症予防効果が示唆されます。

どうやら、モデルの選択や、対照群の選別のみで説明はつかなさそうです。

私的考察2:選択バイアスについて

  • 116人の患者のうち、HUSを64人が発症しています。非常に高い確率であると思います。
  • 経口抗菌薬を投与された58人中、50人にホスホマイシンが投与されています。

ここれ、1つ選択バイアスが疑われます。つまり、

  • HUSを発症した人が研究に参加しやすい
  • ホスホマイシンが投与された人が研究に参加しやすい

の2つが重なると、これだけで選択バイアスとなります。

f:id:Dr-KID:20180915143959p:plain

これを解決するには、質の高い

  • ケース・コントロール研究
  • コホート研究
  • (できれば)RCT

をするのが理想的でしょう。

あるいは、

  1. ホスミシン→選択
  2. HUS発症→選択
  3. 選択された人の割合(研究に組み込まれた人)

の情報がわかれば、バイアス解析を行い、著者らの提示したORを補正することもできます。(あくまでも理論上のお話ですけれど…)

今回の研究はケース・コントロール研究ではないですよ

今回の研究を

  • ケース・コントロール研究ではないでしょうか?

と質問されることがあります。実際に、以前、知り合いの感染症科の先生方から質問がありました。(著者らは研究デザインについては詳しく言及していません。)
ケースとコントロールに分けたら、「ケース・コントロール研究」と言えるほど、単純な研究ではないのです。

今回は、アンケートを送った調査ですので基本的に横断研究(cross-sectional study)になります。

ケース・コントロール研究とするには、

  1. HUS発症者を特定する(ケース)
  2. HUS発症を起こしうる母集団(コントロール)を特定する
    (例えば、同じ地区、年齢でSTECによる血便を起こした人を全員)
  3. ランダムにコントロールを抽出する
  4. 抗菌薬(ホスミシン)の投与歴などを診療録などから確認する

の4つのステップを踏まなければいけません。

まとめ

今回の研究ではホスホマイシンがHUSの発症予防効果が示唆されていますが、変数の選び方、選択バイアス、さらに研究デザインの問題もあり、予防効果は必ずしも妥当とはいえない可能性があります。

今後の質の高い研究を期待したいところです。

 

ABOUT ME
Dr-KID
このブログ(https://www.dr-kid.net )を書いてる小児科専門医・疫学者。 小児医療の研究で、英語論文を年5〜10本執筆、査読は年30-50本。 趣味は中長期投資、旅・散策、サッカー観戦。note (https://note.mu/drkid)もやってます。