母乳や人工乳での鉄分の生物学的利用能について知りたい方へ
母乳と人工乳では含まれる鉄分の量が異なったり、両者で鉄の利用率が違うことを知らない方が多いと思います。
小児科や産婦人科の医師や医療者が『母乳中に鉄分は少ないが、bioavailabilityが高い(体によく吸収される)』としているけれど、実際に根拠となる論文を把握していないこともあるでしょう。
そこで、今回はこちらの論文をピックアップしました。
本記事では下記の内容を解説します。
本記事の内容
- 鉄欠乏と母乳・人工乳の背景
- 研究の方法
- 研究の結果と考察
こちらの論文は1977年にPediatricsに掲載されたものです。
Pediatricsは小児科系の英文医学雑誌の中でも非常によく読まれており、小児科のなかでは2018年時点で2番手(1番はJAMA pediatrics)の位置づけです。
研究の背景
母乳栄養と鉄欠乏と貧血は関連しあっているので、まずはこの背景から説明していこうと思います。
乳幼児の鉄欠乏について
アメリカなど先進国では、乳児の貧血の原因として、鉄欠乏が最も多いです。
特に完全母乳栄養の場合、離乳食から鉄分摂取ができるようになるまで、鉄分は母の母乳に完全に依存しています。このため、アメリカ小児科学会では、
- 満期産の場合:生後4ヶ月くらいまで
- 早期産の場合:生後2ヶ月くらいまで
に鉄分の補給を推奨しています。
この根拠として、満期で生まれた場合、生後6ヶ月までは十分な鉄分の蓄えがあるのですが、生後6ヶ月以降も完全母乳を続けると、生後9ヶ月くらいで鉄が足りなくなってくる可能性があるからです。
牛乳と鉄欠乏について
以前、私のブログでも「牛乳を沢山飲ませるのは1歳すぎてからにしましょう」と説明しました。
これにも根拠があり、牛乳中の鉄分は吸収されづらいからです。乳幼児期の鉄分不足の問題点として、発達が遅れたり、将来の認知機能に影響したり、熱性けいれんを起こしやすくなると言われています。
研究の目的
とはいえ、これらの根拠をお聞きしても「実際、本当に鉄分の吸収率は母乳のほうが高いのでしょうか?」と証拠(エビデンス)が知りたい方もいるかもしれません。
今回の研究では、
- 母乳
- 人工乳
- 牛乳
で鉄分の吸収率がどの程度異なるのか検討しています。
研究の方法
今回の研究は2段階で行なっており、
- 母乳や人工乳の鉄吸収率
- 5分間煮沸すると吸収率が変化するか
の2点をみています。
鉄分の吸収率をみるのに乳児は困難であるため、8人の大人を対象に
- 8時間の絶飲食後
- 2週間の間隔でそれぞれの飲料を100 ml飲ます
- 飲料には放射性同位元素をつけた鉄を入れる
という方法で吸収率をみています。
使用された母乳・人工乳について
母乳、母乳の成分を真似して作った人工乳、市販の人工乳2種類の4種類を使用しています。
研究結果と考察
それぞれの鉄吸収率について
こちらが研究結果のTableになります。鉄分の吸収率は
- 母乳:15.4%
- 母乳成分を模倣した乳:9.0%
- 母乳成分を模倣した乳+ラクトフェリン:4.7%
- 市販の人工乳:約3%
母乳は統計学的に有意に鉄分の吸収率が高かったです(P < 0.05)
煮沸前後での吸収率と利用率
母乳を煮沸した前後で吸収率と利用率(赤血球)を検定していますが、両者では統計学的な有意差はありませんでした。
過去の研究との比較
過去の研究でも母乳における鉄吸収率は20%程度のため、矛盾しない結果です。
以前にラクトフェリンは鉄の吸収率を上昇させるといわれていましたが、今回の研究では同様の結果を得られませんでした(むしろ減っています)。
母乳にはシステインなどアミノ酸、ヨウ素, アデニンヌクレオチドなどが入っており、これらが鉄の吸収率を高くしている可能性があります。
まとめ
母乳に模倣した人工乳を独自に作成したり、ラクトフェリンを添加したり、市販の人工乳を使用し、母乳との鉄吸収率や利用率をみたユニークな研究でした。
母乳のほうが鉄分の吸収率、利用率がよいのは疑いようがありませんが、母乳には含まれている鉄分が少ないことがあるため注意が必要です。
この点については、またの機会に記事にさせていただければと思います。
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