今回の論文は、国立成育医療研究センターから。
食物アレルギーは食物除去から、早期導入による予防へと変化しつつあります。
研究の背景
日本を含む先進国では、食物アレルギーの罹患率は高まっています。
■ 極端な食品除去によるアレルギー発症予防の時代は終わりました
これまでの食物アレルギーは、疑わしい食物は除去をして発症予防をしてきました。
例えば、食物アレルギーの危険性が高い妊婦の食事を制限をするなど、極端な方法がとられることもありました。
しかし、この「特定の食物を除去して、食物アレルギーを予防する」方法は、コクラン・システマティック・レビューでも推奨されていません。
■ 早期導入で発症予防できる可能性が示唆されています
離乳食早期にナッツや卵を導入することで、食物アレルギーを発症予防できる可能性が示唆されています;
しかし別の研究では、卵の離乳食早期への導入では、有効性は証明されていません:
■ この研究の新規性
この研究の新規性は2点で;
- 経皮感作による食物アレルギー発症を予防するため、乳児湿疹を積極的に治療した
- 卵を非常に少量から導入し、増加したこと
があげられます。
研究の方法
■ RCTが行われました
この研究ではランダム化比較試験(RCT)という手法を行なっています。
ランダム化比較試験では、治療の割り当てをランダムに行う手法で、治療群と非治療(プラセボ)群の患者背景を均等にする手法です。
患者も医師も研究期間中は治療内容がわからない二重盲検化を行っています。
アトピー性皮膚炎以外の基礎疾患がなく、卵を摂取したことがない4−5ヶ月の乳児を対象に、成育医療センターと立川相互病院で研究が行われました。
■ 治療について
治療群には加熱された卵パウダーを;
- 生後6ヶ月〜9ヶ月は、50 mg/日
- 生後9ヶ月〜12ヶ月は、250 mg/日
を継続的に摂取して;
- 生後12ヶ月で、経口負荷試験をして卵アレルギーの有無を確認する
としています。
偽薬(プラセボ)はカボチャを使用し、同様の手順を行っています。
初回投与時、増量時は外来でアレルギー専門医が観察したうえで、卵パウダーを投与しています。
■ 乳児湿疹も同時に治療しています
また、乳児湿疹から食物に感作してアレルギーが発症することがあるため、湿疹の治療も積極的に行われています。
乳児湿疹の治療には、保湿とステロイド軟膏を使用したプロアクティブ療法をしています。
■ アウトカムについて
1歳時に、加熱した卵パウダー 7g (卵 32g相当)を使用して、経口負荷試験を行い、食物アレルギー発症の有無を確認しています。
さらに、血液検査で卵に対するアレルギーの値(IgE, IgG1, IgG4, IgA)を確認しています。
研究結果
266人のうち、基準を満たした147人の被験者を;
- 73人の治療群(卵パウダー投与)群(50%)
- 74人のプラセボ(偽藥)群(50%)
に分けています。
■ メインの結果
中間解析(Interrim analysis)で、解析の対象となった100人分のデータで結果を比較したところ;
- 卵アレルギーのリスクは:治療群 9% (9/47) vs. 非治療群 38% (18/47)
と、卵アレルギー発症リスクは0.22倍(95%信頼区間, 0.08-0.61)となりました。
つまり、卵パウダーの摂取をした群のほうが、かなり食物アレルギーのリスクが低い結果がでています。
■ 血液検査について
オボムコイド(卵のアレルゲン)に対する血液検査では;
- 卵投与群はIgEが低い
- 卵投与群はIgG1, IgG4, IgAが高い
という結果でした。
研究結果の解釈
アトピー性皮膚炎のある乳児へ、早期に湿疹を治療しながら卵を導入することで、安全かつ有効に卵アレルギーの発症を予防できることがわかりました。
■ 加熱パウダーは安全性が高い
過去のRCTでは、生卵のパウダーが使用されたことがあったようですが、この際にアレレルギー反応は30%も認めたようです。
今回は、加熱パウダーを使用し、非常に少量から開始したため、アレルギー反応を起こすことなく、安全に行うことができています。
この研究の疑問点
Lancetという超有名雑誌に掲載されていますが、それでもいくつか疑問点が残りました。
口うるさい疫学者の辛口なぼやき程度にとらえてください。
■ アトピー性皮膚炎の診断について
一般論ですが、6ヶ月児に対して「アトピー性皮膚炎」と診断することは、難しいと感じています(乳児湿疹との区別がつかないという点で)。
どのような基準でこの診断がなされたのか、最後まで疑問が解消されませんでした。
実際、この論文を読んでも、どの乳児を対象に『卵パウダーの投与』を行おうか、と具体的なイメージがしづらかったです。
■ 治療群と非治療群の背景が均一でない(Exchangeabilityに対する疑問)
中間解析で試験を終了しているため、測定されたrisk ratioはバイアスがかかっています。
ランダム化を行ったにも関わらず、治療群と非治療群でIgE値、家族歴、ペット所有率、TARCなどは大きく異なります。
著者らは回帰分析などでバイアスを確認していると述べていますが;
- サンプルサイズが予定より少なく、得られる結果はそもそも不安定
- 回帰分析でどのように対処したのか(連続変数 or カテゴリカル変数)
- 計測されていない交絡因子について
の言及が不十分な印象で、物足りないと思いました。
■ 中間解析の結果は過大評価のことが多い
疫学の分野ではよく知られていることですが、中間解析の結果で臨床試験を終了した場合、研究結果が過大評価されていることが多いです。(Modern Epidemiology, 3rd eddition, p93)
- 作者: Kenneth J. Rothman,Timothy L. Lash Associate Professor,Sander Greenland
- 出版社/メーカー: LWW
- 発売日: 2012/12/28
- メディア: ハードカバー
- この商品を含むブログを見る
今回の例でいうと、「卵パウダーを使用することで鶏卵アレルギーが0.22倍(およそ1/5)になった」とありますが、この効果は過大評価である可能性が高いと思います。
■ 他の食品については分からない
これは当たり前ですが、他の食品(乳、小麦など)については有効性はわかりません。
同様の手法でやれば、アレルギー発症の予防をできるかもしれない、と思いたくなりますが、この研究から、そこまで一般化することはできないです。
「ピーナッツと卵でうまくいった」からといって、他の食品で上手くいく保証はありませんし、乳児のアレルギー反応は時に重症化しますので、臨床医の視点から拡大解釈は禁物と思います。
保護者の方々も、はやとちりして、自己判断で早期摂取を行うのは避けたほうがよいでしょう。
まとめ&雑感
食物アレルギーで困っている子供 や保護者にとって助けになる研究であることは間違いないでしょう。
ですが、いかなる雑誌でも論文結果は学術的な妥当性も含めて慎重に解釈する必要があります。
今後は、他の食品でも有効か、どのような乳児を対象に予防をすればよいか、がクリアになれば、食物アレルギーの予防はさらに進んでいくでしょう。
「なんでも除去」という過剰なリスクコントロールの時代から、発症予防へと大きく変化を遂げようとしている、アレルギー分野は非常に興味深い研究が多いと日々感じています。
あわせて読みたい