今回は遺伝疫学(genetic epidemiology)でよく使用される研究手法について簡単に説明していこうと思います。
遺伝疫学はその名の通り、遺伝学(genetics)と疫学(epidemiology)の知識を組み合わせて、遺伝子が疾患に影響しているのか、そのエビデンス(科学的根拠)はどのくらい確からしいのかを検証する学問でもあります。
今回は、遺伝疫学の入門でよく解説される3つの研究手法について解説していきます。
- Migrant study
- Adoption study
- Twin study
あまり聞きなれない研究手法ですが、その名の通りmigrant(移民)、adoption(養子)、twin(双子)のデータを利用して行う研究です。
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Modern Epidemiologyなどと比較して、かなり読みやすい内容ですし、具体例も多数掲載されているので、オススメの1冊です。
Migrant Studyについて
Migrant studyは移民研究や移住者研究などと呼ばれています。
この研究手法から確定的なことを言うのは難しいのですが、とある疾患が遺伝子によるものなのか、環境によるものなのかを推測する資料になりうる研究方です。
Migrant studyの例
例えば、日本人がアメリカに移住した場合を例に考えてみましょう。この場合、とある疾患のリスクを、
- 日本の母集団
- 移住した集団
- アメリカの母集団
で比較します。
遺伝的な要素が強ければ、日本からアメリカに移住しても、日本に残っても同じリスクであると考えられます。逆に、移住して疾患のリスクが変わるようなら、環境的な要因が推測されます。
日本人のMigrant study
例えば、こちらの研究を見てみましょう。(Haenszel & Kurihara, 1968)
日本人に胃癌の発症率が高いことは、戦後からよく知られていましたが、この原因が環境によるものか、遺伝によるものか予測することは重要です。
このため、こちらの研究は、戦後に日本からハワイに移住した日本人の胃癌の致死率を比較したものです。
この研究結果は以下の通りになります。
SMRs | |
日本人 | 100 |
移民一世 | 72 |
移民二世 | 38 |
アメリカ居住の白人 | 17 |
当時の日本人の胃癌による致死率を100とすると、移民した第一世代では72、第二世代では38とSMR(標準化死亡率)が低下しているのがわかります。
つまり、日本からアメリカに移住したた人たちは、日本にそのままいた人より胃癌による標準化死亡率が低下しています。これは、おそらくですが、環境的な要因が強いことが示唆されます。例えば、食生活であったり、H. pyroliへの感染などが考えられます。
類似の研究について
類似のMigrant studyもいくつかあり、例えばドイツに移住したトルコ人を対象にした研究(Spallek, Spix, Zeeb, Kaatsch, & Razum, 2008)や、スイスの移民で行われた研究(Hemminki & Li, 2002)もあります。
詳しく知りたい方は、最後の参考文献を読んでみてください。
Migrant studyの欠点
Migrant studyの欠点ですが、対象となった人の背景が十分に集めることができないため、バイアスの対処が不十分だったり、問題が生ずることが多いです。
また「環境による影響を推察する」と言っても、マクロレベルの環境なのか、ミクロレベルの環境なのかの評価も難しいです。
Adoption Study
Adoptionは養子縁組ですから、Adoption studyは養子縁組研究と呼ばれることがあります。
非常に単純化すると、養子縁組の親族と生物学的な親族とでは、以下のようになります:
養子縁組の親族 | 生物学的な親族 | |
遺伝子 | 共有なし | 共有あり |
環境 | 共有あり | 共有あり/なし* |
*注:研究デザインや患者背景によって異なります。
つまり、生物学的な親族のリスクと養子縁組の親族のリスクを比較することで環境による要因か、遺伝による要因かを推測します。
Adoption studyの例
こちらの研究は、デンマークで行われたAdoption studyで(Sørensen, Holst, & Stunkard, 1998)、養子のBMIと生物学的な親族(父・母・兄弟)のBMIの相関係数(r)を計測しています。
r | Max BMI |
父 | 0.13 |
母 | 0.16 |
同胞 | 0.27 |
いずれも弱い相関ですが、父・母との相関係数より、同胞との相関係数の方が高く、過去の研究と類似の結果で遺伝的な影響が示唆されています。
一方で、環境的な要因の相関係数は軒並み0前後でした。
そのほかのadoption study
肥満以外でも、統合失調症の遺伝疫学に基づいたadoption studyは行われています(Cardno, Thomas, & McGuffin, 2012)。
Adoption studyの欠点ですが、養子側・養子縁組として迎える家族がわに偏りが生じやすく、selection biasを招きやすいことが知られています。このことをadoption biasと言う方もいます。
Twin study
Twin studyですが、その名の通り双子を利用した研究を行います。ご存知の方も多いと思いますが、双子も
- 一卵性双生児(monozygotic (identical) twin)
- 二卵性双生児(dizygotic (fraternal) twin)
があります。
Twin studyの特徴
遺伝的な特徴として、一卵性双生児はDNAのほぼ100%が類似しているのに対して、二卵性双生児が共有しているDNAは50%ほどで、兄弟・姉妹とあまり変わりがありません。
この特徴を利用して、一卵性vs. 二卵性双生児を比較するのがtwin studyです。
この研究の手順としては、
- 双子を探して研究参加をお願いする
- 一卵性or 二卵性を確認する
- 研究の対象となるphenotype(表現型)を計測する
- CorrelationやConcordanceを利用して比較する
となります。
詳しい計算方法を解説すると長くなりそうなので、今回はここで一旦終了とします。Twin studyに必要なcorrelationやconcordanceの計測方法は、次回解説していきます。
参考文献
- Cardno, A. G., Thomas, K., & McGuffin, P. (2012). Clinical Variables and Genetic Loading for Schizophrenia: Analysis of Published Danish Adoption Study Data. Schizophrenia Bulletin, 28(3), 393–400. https://doi.org/10.1093/oxfordjournals.schbul.a006948
- Haenszel, W., & Kurihara, M. (1968). Studies of japanese migrants. i. mortality from cancer and other diseases among japanese in the united states. Journal of the National Cancer Institute, 40(1), 43–68. https://doi.org/10.1093/jnci/40.1.43
- Hemminki, K., & Li, X. (2002). Cancer risks in second-generation immigrants to Sweden. International Journal of Cancer, 99(2), 229–237. https://doi.org/10.1002/ijc.10323
- Sørensen, T., Holst, C., & Stunkard, A. J. (1998). Adoption study of environmental modifications of the genetic influences on obesity. International Journal of Obesity, 22(1), 73–81. https://doi.org/10.1038/sj.ijo.0800548
- Spallek, J., Spix, C., Zeeb, H., Kaatsch, P., & Razum, O. (2008). Cancer patterns among children of Turkish descent in Germany: A study at the German Childhood Cancer Registry. BMC Public Health, 8, 1–7. https://doi.org/10.1186/1471-2458-8-152