都道府県による格差が戦前に近いレベル?
2017年6月に毎日新聞・Yahoo Newsの一覧にこちらの記事が掲載されていました:
『5歳未満の乳幼児の死亡率の都道府県格差が2000年前後から広がり、戦前に近いレベルになっていることが、国立成育医療研究センターのグループの解析で分かった。
専門家は社会的背景も含めた要因分析の必要性を指摘している。日本の乳幼児死亡率は戦後大きく下がり、14年は出生1000人当たり3人と世界的にも極めて低い。
研究グループは人口動態統計の1899~2014年のデータを使い、死亡率を都道府県ごとに算出。
その上で地域格差を指数化し、年次推移を調べた。その結果、国民皆保険制度が整った翌年の1962年をピークに90年代まで格差は縮小を続けていたが、00年ごろから拡大傾向に転じた。
東日本大震災で多くの乳幼児が犠牲になった11年を除いても、1900~30年代とほぼ同じ水準になっている。
14年の乳幼児死亡率は、栃木県が最も高く、佐賀県が最も低かった。ただ、都道府県別の順位は毎年変動が激しく、地理的な傾向や、人口当たりの医師数、県民所得などとのはっきりした関連性は見当たらない。
同センターの森臨太郎・政策科学研究部長は
「乳幼児期に亡くなる子どもは、障害や慢性の病気を抱えている場合が多い。国内で医療自体の格差は小さくなっていると考えられ、死亡率の差は貧困など社会経済的な問題と、それに対する自治体の取り組みの濃淡が影響している可能性もある。多角的な分析が必要だ」
と話す。 (毎日新聞)』
今回は、このニュースで話題になった論文を紐解いていきます。
原著論文はこちらからアクセス可能です(英文&有料です):
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28544421
日本の小児の貧困は、先進国の中でも深刻
日本経済は停滞と閉塞感がずっと続いていますが、この影響を受けたためか、子供の貧困は徐々に増えており、社会問題になっています。
現在の日本の貧困は、2012年で
- 15.1%の小児が貧困レベル
- シングル・マザーの家庭では54.6%が貧困レベル
と報告されています。
ここまでくると、もはや深刻な社会問題というレベルです。
日本の小児の貧困格差レベルは、先進国の平均未満
経済協力開発機構(OECD)が子供の貧困レベルを国別ランキングで報告しています。
日本のレベルは平均より低く、OECD加盟国36カ国のうち22位というレベルです。
貧困という視点での社会格差が小さいのは、OCEDでは;
1位:アイスランド(0.244)
2位:ノルウェー(0.252)
3位:デンマーク(0.254)
と軒並みヨーロッパ、特に北欧諸国が上位を占めており、富の再分配に成功しているともいえます。
アジアでは、
18位:韓国(0.302)
22位:日本(0.330)
24位:オーストラリア(0.337)
と、韓国以外はOCEDの平均レベル以下の水準です。
ちなみに、英国、米国は
30位:英国(0.358)
34位:米国(0.396)
と惨憺たる結果で、小児でも貧困による格差が大きいのを示しています。
なぜ子供の貧困が問題か?
ここで『なぜ子供の貧困が問題なのか?』と疑問に思われる方がいるでしょう。
子供の貧困は、その子供の将来、さらに次の子供の世代に連鎖し(貧困の連鎖)、貧困のループから抜け出せなくなります。
子供の貧困は、受けられる教育や健康そのものに影響します。
子供が不健康だと、学校も休みがちになり、受けられる教育機会が減ります。
教育の質が低かったり、学校を休みがちになると、良い学校へは進学できず、結果として、安定した職業に就けなかったり、収入が低くなりなす。
そして、貧困が次の世代へと連鎖します。
このように、子供の貧困は将来の社会的な格差になるため、かなり問題視されるようになりました。
この研究では、5歳未満の子供の死亡率を、子供の健康の指標として、100年以上にわたって変化を追跡しています。
研究結果の解説
研究結果を簡単に見ていきましょう。
5歳未満の死亡率は飛躍的に減っている
まず、5歳未満の死亡率ですが、当たり前ですが100年でかなり減っています。
Y軸(縦軸)が1000出生あたりの死亡数、X軸(横軸)は年代です。
大きな戦争が終わり、経済成長を遂げ、インフラが整備され、さらに医療レベルが格段に上がったので、これは当たり前の結果といえます。
不明(unknown)が1990年頃より増えているように見えますが、ここは誤分類の影響もあるので、個人的にそれほど気にしなくてよいと思いました。
都道府県別の死亡率のベスト3とワースト3
こちらは都道府県別に計算した、5歳未満の小児の死亡率です。
表が小さくて見づらいので、書き出しましょう:
1900年
ベスト3:①鹿児島 ②山口 ③長崎
ワースト3:①大阪 ②奈良 ③山形
1922年
ベスト3:①沖縄 ②山口 ③長崎
ワースト3:①青森 ②福井 ③大阪
1949年
ベスト3:①神奈川 ②東京 ③長野
ワースト3:①富山 ②岩手 ③青森
1963年
ベスト3:①東京 ②神奈川 ③大阪
ワースト3:①岩手 ②青森 ③徳島
1973年
ベスト3:①東京 ②神奈川 ③大阪
ワースト3:①鹿児島 ②岩手 ③青森
1991年
ベスト3:①和歌山 ②新潟 ③東京
ワースト3:①秋田 ②宮崎 ③石川
2014年
ベスト3:①佐賀 ②群馬 ③香川
ワースト3:①栃木 ②鳥取 ③徳島
となっています。
特徴としては、戦後〜1970年くらいまでは都市部(東京・神奈川・大阪)のほうが乳児死亡率が低く、地方のほうが乳児死亡率は高いという結果でした。
しかし、最近20年はこの傾向に一貫性がなく、おそらく変動・誤差の範囲内で順位が入れ替わっているのだと思います。
例えば2014年は群馬がベスト2位、栃木はワースト1位となっていますが、これは群馬のほうがこどもを取り巻く医療環境が非常によくて、栃木が悪いのを本当に反映しているかは、このデータだけでは分からないでしょう。
栃木県の人が、2014年のデータだけみて落胆する必要はないと思います。
都道府県別の格差は近年拡大傾向?
こちらの図は、
- Y軸(縦軸)にTheil Indexという格差の指標
- X軸(横軸)に年
を入れたものです。
( a: 全死亡、b: 内因死亡, c: 外因死亡, d: 不明)
Theil indexは0に近ければ地域格差は少なく、0から遠ざかれば地域格差は大きいと考えられます。
赤矢印で示したように、格差の指標は戦後0に近づきましたが、近年上昇傾向にあります。
地域間での格差が出る原因として;
- (職業、貧困や親の教育レベルなど)社会的な格差
- 居住地域の環境
- 病院など医療サービスへのアクセス
などが考えられます。
この研究のみでは、これらのうち、どれが本当の原因で5歳未満の死亡率に影響を与えたのかは分りません。
いずれにせよ、都道府県という地域間での格差が再び広がりつつあるのかもしれません。
私的な視点
この結果だけみて某新聞社のように『戦前・戦後と同じレベルに格差が広がっている』と結論づけるのはナンセンスに思いました。
というのも、1960年と2010年では乳児死亡率がそもそも大きく異なります。
単純にTheil Indexという指標のみで比較して、『戦前・戦後と同じレベル』と新聞のように煽るのは、いささか違和感があります。
この論文のまとめ
5歳未満の死亡率は減少しつづけており、小児医療を取り巻く環境は改善しているでしょう。
戦後から1970年代までは、都市のほうが乳児死亡率が低く、地方にいくと高くなる傾向がありますした。しかし、この格差は改善されて、小児医療は全国で均質になってきているのでしょう。
Theil indexという地域間の格差の指標は上がっているのは確かです。しかし、『戦前のレベルに近づいている』と解釈するのは、いささか拡大解釈と個人的には思いました。
◎ 社会と健康を考える学問で『社会疫学』という分野があります。日本人で最も有名な人はカワチ・イチロー教授で、ハーバード大学の公衆衛生大学院で教壇をとっています。『命の格差は止められるか』という本で、日本の社会と健康について、丁寧に、分かりやすく、そして詳しく書かれています。『なぜ自己責任論が不毛なのか』理解できると思います。興味のある方は一読されてみると良いでしょう。
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