- 「乳児の鉄欠乏がなぜ子供の発達に影響するのでしょうか?メカニズムについて知りたい」
- 「鉄欠乏が小児の脳の発達にいつから影響しているのか知りたい」
といった疑問を、今回は論文をご紹介しながら説明していきます。
ややマニアックなお話になりますが、小児の鉄欠乏は将来の認知機能や学業成績に影響していたとする報告もあります。知っておいて損はないと思います。
本記事の内容
- 鉄欠乏と脳の発達のメカニズムについて
- 鉄欠乏が脳の発達に与える影響は新生児期から始まっている
アメリカなど一部の先進国では生後9〜12ヶ月の乳児に鉄欠乏性貧血のチェックをルーチンで行なっています。
私個人としても、外来や入院患者で貧血を偶発的に見つけたことは多々あり、乳幼児のスクリーニングを考えても良いかなと考えています。(少なくとも、生後6ヶ月まで完全母乳であったお子さんはチェックできる機会があってもよいでしょう)
鉄欠乏の背景:脳の発達との関連
鉄は脳の発達に必要な栄養素で、
- 髄鞘化
- 樹上化
- シナプス間の機能
- モノアミン代謝
- エネルギー代謝
などに関連している言われています。
胎児における脳発達で必要な鉄分は、妊娠後期に母体から胎児へ、胎盤を介して供給されます。
胎児への鉄分の供給を妨げる因子として、
- 母体の糖尿病
- 妊娠高血圧
- 母の喫煙
などが挙げられます。
さらに、胎児が子宮内で鉄欠乏であったかは、出生時の臍帯血のフェリチンを測定することで評価しています。
過去の研究から
これまでに様々な研究から鉄欠乏と脳の発達の関連性が報告されています。
しかし、鉄欠乏が脳の発達に与える影響が、いつから始まっているのかは定かではありません。
ABRは新生児でも測定でき、脳の発達(髄鞘化、シナプス共有など)を反映していると考えられており、今回は鉄欠乏がABRに影響しているかを検討しています。
研究の方法
2011年7月〜2012年3月に、インドのニューデリーの単施設(Sir Ganga Ram Hospital)で
- 生後34週以降
- 慢性疾患なし(妊娠糖尿病は除く)
- NICU入室なし
を満たす患者が対象となりました。
血清フェリチンを測定し、
- 潜在的な鉄欠乏:フェリチン< 7.5 ng/dl
- 鉄欠乏なし:フェリチン> 7.5 ng/dl
とわけ、出生後48時間後にABR(調性脳幹反応)を記録しています。
研究の結果
対象患者90人のうち23人(26%)の新生児が潜在的な鉄欠乏を認めていました。
鉄欠乏のある新生児の母は、妊娠後期の血液検査で鉄欠乏の傾向がありました。
出生体重、母体高血圧、糖尿病、早産、アプガースコアなど他の指標は鉄欠乏のあるグループと正常なグループで統計学的な有意差はありませんでした。
ABRの結果
ABRを撮影すると、潜在的鉄欠乏のあると、
- V波の潜時が長い
- III〜V波のピーク間の潜時が長い
- I〜V波のピーク間の潜時が長い
という傾向にありました。
つまり、鉄欠乏が脳の発達に与える影響は、すでに新生児期から出ていた可能性が示唆されます。
私的考察
先進国でも乳児の鉄欠乏は問題となっています。
例えばアメリカでは1980年代に乳児の30%ほどが鉄欠乏を認めていました。
その後、9〜12ヶ月時のルーチンのスクリーニングが始まり、現在では15%ほどに減少しています。
これでもまだ高い値で、特に貧困世帯やマイノリティーなど、医療のアクセスの悪い集団では、この平均値より高いと予測されています。
もちろん、今とは母乳や離乳食に関する考え方、人工乳の鉄分の組成などが異なるため、一概には言えない点も多いですが、日本では現状でスクリーニングは行なっておらず、外来での小児科医の判断に委ねられています。
確かに、健常児で早期から混合栄養や完全人工乳のお子さんがいることも考えると、全員に貧血のスクリーニングをルーチンで行う必要はないかもしれませんが、もう少し議論できる場があってもよいかと考えています。
まとめ
今回の研究では、出生直後の鉄欠乏性貧血は、すでにABR(聴性脳幹反応)という検査に影響が出ていました。
乳児期の鉄欠乏はその後の脳発達に影響する可能性が示唆された論文は多数報告されており、今後、国内でも何らかの議論が必要と考えています。