今回はコホート研究における暴露因子(Exposure of Interest)の評価方法について解説していきます。
コホート研究ときくと、『「暴露あり/なし」の2群にわけて…』と考えてしまいがちですが、これにもデメリットがあります。
そのほかにも、コホート研究で参加者を追跡すると、暴露の状況が変わってしまうこともあります。
今回はこれらを順番に説明していきたいと思います。
本記事の内容
- 暴露因子(Exposure)を固定する、変化を許容する
- Lagged TimeとInduction Time
- Immortal Person-time
前回はコホート研究の入り口と出口について解説してきました。
具体的には、Open Population, Closed Population, Fixed Population, とCensoringについてです。
今回もModern Epidemiology(3rd edition)を基に記載していますが、直訳ではありませんし、私の解釈と背景知識を織り交ぜながらの解説になります。
今回も少しアレンジしていますので、ご容赦ください。
暴露因子を固定するか、変化を許容するか
上の図の形式でいくと、
- 研究開始と同時に暴露を計測
- 追跡をし、アウトカムを計測する
となります。
この場合、1回しか暴露を計測しないため、固定することになります。
別の言葉でいうと、変化を許容しないことになります。
例えば、タバコを暴露因子にする場合、
- 喫煙したことがある
- 喫煙したことがない
の2群にわけることになります。
あるいは、これまでに吸ってきた量(Packs/ Year)で固定するケースもあります。
暴露因子を固定する場合、
- これまで蓄積されてきた暴露の影響が永続する
- 暴露が途中で変わっても、量が増えても、影響は変わらない
という強い前提を置いていることになります。
「暴露あり/なし」の2群にするのは一見シンプルな方法ですが、その反面、非常に強い前提が必要になります。
暴露を固定しない場合
暴露因子(Exposure)を固定しない場合、追跡期間で問診をする度に同じ質問を繰り返すことになります。
例えば、
- 研究参加時の喫煙状態
- 研究参加2年後の喫煙状態
といった感じに、繰り返し同じ質問するをすることになります。こちらの方が実世界に即しているのは一目瞭然です。DAGを使って、この現象をみてみましょう。
Xを喫煙、Lを交絡因子、Yをアウトカムとすると、上のDAGのようになります(やや簡略なDAGにしています。悪しからず)。
この場合、通常の回帰分析やPropensity scoreでは対応不可能で、
- Inverse probability weightingによるmarginal structural model (MSM)
- g-computation
- g-estimationによるstructural nested model (SNM)
などの手法が必要になります。
(慣れてしまえば、それほど難しい手法ではありませんが、分からない方は、この手法をマスターしている専門家(統計家や疫学者)に依頼した方が無難と思います)
1つ定義をすることは、トレード・オフでもある
このように考えると、暴露因子の定義をすることは、表裏一体といえます。
つまり、シンプルに2群に分けると、情報量は減り、強い前提をおくことになります。
逆に、詳細に見ようとすればするほど、複雑なモデルや統計・疫学への深い知識が必要となります。
観察研究においてPECOやPICOをお勧めしない理由
臨床研究のセミナーなどでPECOやPICOのフレームワークを指導する講師が多いのですが、RCTならまだしも、観察研究でこのフレームワークを行うことは基本的にお勧めしません。
なぜなら、物事をシンプルにしすぎて、大事な情報を失ってしまうからです。
今回のように暴露を2群にし、変化を許容しないフレームワークを毎回のように行っていると、それが頭の思考回路で当たり前になってしまいます。
しかし、上にも述べたように、観察研究では暴露の定義1つをみても、非常に繊細です。
1つの解決法として、DAGの記載をお勧めします。
DAGであれば、時系列を考慮することもできますし、暴露(X)と交絡因子(L0)やアウトカム(Y)、中間因子(L1, L2)の区別もできます。
さらにDAGを使えば、IPWやg-computationの数式を作る際に役に立ちます。
現に、私は疫学研究の仕事をする上で、PICO/PECOは一度も使ったことがありません。(RCTのメタ解析の仕事を手伝う時を除きます)
Induction Time(Lagged Time)
さて、話を変えて、次はInduction Timeなどの説明をしていきましょう。
例えば、今日タバコを吸ったとして、明日すぐに肺がんになるわけではありません。
今日、CTによる放射線を浴びたからといって、明日に脳腫瘍ができるわけでもありません。
このように考えると、とある要因に暴露をしてから、一定期間を経てからアウトカムへの影響が出てくるといえます。
この「暴露してからアウトカムが生じるまでにかかる一定の期間」にまつわる用語で、
- Lagged Time / Induction Time
- Immortal Person-Time
という考え方があります。
Lagged Time/ Induction Timeについて
暴露してからアウトカムが生じるまでの一定期間のことを、Induction time(誘導時間・誘導期)と言います。
Lagged Timeもほぼ同じ意味で、暴露してからアウトカムまでにタイムラグがあるので、この期間のことを「Lagged Time」という方もいます。
どちらかといえば、前者(Induction Time)の方が馴染み深い方が多いでしょう。
Induction timeを考慮して、暴露因子を評価する
Induction timeを考慮して暴露因子を評価してみましょう。
今回はタバコが肺がんに与える影響を例にします。
例えば、とある人が
- 1970年:年間 50,000本のタバコ(7 pack-year)を開始
- 1975年:年間 50,000本のタバコ(7 pack-year)を継続
- 1980年:年間 150,000本のタバコ(21 pack-year)に増量
- 1985年:年間 150,000本のタバコ(21 pack-year)を継続
としましょう。
5万本/年 = 中等量、15万本/年 = 高用量と定義します(Modern Epidemiologyの定義のままです。実臨床と解離している点はご容赦ください)。
さらに、喫煙が肺癌に与える影響のInduction Timeは5年と仮定します。
さて、この4回の喫煙状況をどのように分類をしましょうか?
答えは、
- 1970年:喫煙なし
- 1975年:中等量
- 1980年:中等量
- 1985年:高用量
となります。タバコの影響は5年遅れでやってくるため、1970年にタバコを開始したにも関わらず、喫煙なしの分類になります。
1980年にタバコを増量したけれども、中等量のままになります。
Induction Timeを換算して暴露を定義づける場合、単純にその年の質問票で暴露を定義できるわけではない点が分かっていただけたと思います。
Immortal Person-Time
Immortal Person-Timeは職業コホート(Occupaitonal Cohort)などでよく利用されています。
例えば、とある職業の健康に与える影響をみるとしします(例えばケイ素の、肺機能への影響)。
しかし、就業して1ヶ月で離職した人では、ケイ素が肺機能へ与える影響はごくわずかであり、コホートに入れることが適切とは思えません。
このため、一定期間だけ就業した人(例:5年)だけ、コホートに入れることになります。この期間のことを「Immortal Person-Time」と言います。
Immortal Person-Timeを設定した場合の対処法
Immortal Person-Timeを設定した場合、その時間は差し引いて解析する必要があります。なぜなら、この時間を入れた場合、暴露因子がアウトカムに与えた影響を過小評価してしまうからです。
この現象を、実例を見ながら確認していきましょう。例えば、工場内で有害薬物を取り扱う集団(暴露あり)と、事務仕事をする集団(暴露なし)を、一人当たり平均10年間追跡して、死亡率を比較してみましょう。
今回の研究では、5年間のImmortal Timeを設定しました。
この場合;
- 暴露あり:1000人 死亡数 = 200人 Person-Year = 10000
- 暴露なし:1000人 死亡数 = 100人 Person-Year = 11000
この場合、Rate RatioとRate Differenceはそれぞれ
- Rate Ratio = (200/10000)/(100/11000) = 2.2
- Rate Difference = (200/10000) – (100/11000) = 0.0109/ person-year
となります。
ここで5年間のImmortal Timeを換算してみましょう。すると、
- 暴露あり:1000人 死亡数 = 200人 Person-Year = 5000
- 暴露なし:1000人 死亡数 = 100人 Person-Year = 6000
この場合、Rate RatioとRate Differenceはそれぞれ
- Rate Ratio = (200/5000)/(100/6000) = 2.4
- Rate Difference = (200/5000) – (100/6000) = 0.023 / person year
となります。
Immortal person-timeを換算しない場合、Rate RatioもRate Differenceも過小評価をしているのが分かると思います。
まとめ
今回はコホート研究における暴露の定義方法と、Induction time、Immortal Person-Timeについて解説してきました。
次回は、どのようにしたら理想的なコントロールグループが手に入るのか?という視点で、いくつかの因果推論の概念(Causal Assumption)を解説します。
● Modern Epidemiology(3rd edition):Chapter 7: Cohort study