アメリカ小児科学会は、出生後の新生児に対して「ドライスキンケア(ドライテクニック)」を推奨しています。これは、出生時に付着した血液・羊水・胎便などの分泌物を拭き、胎脂は出来るだけ取り除かずに、そのままにしておく方法です。
この方針を推奨する理由として、出生後すぐに沐浴させると、
- 気化熱により低体温になるかもしれない
- 抹消の血管が拡張するため、血圧が不安定になるかもしれない
- 肺や消化管の循環を妨げるかもしれない
などといった副作用を懸念しているようです。
これらの懸念事項も全く根拠がないわけではなく、1972年にDahmらがPediatrics誌に分娩室での新生児の体温と熱喪失を報告した論文もあります(Pediatrics; 49: 504-13)。
アメリカ小児科学会がこのような方針を出したからといって、すべての病院が従順に従っているかというと、そういうわけでもなさそうです。例えば、先日報告したこちらの論文ですが、
2010年くらいまでは、出産後2時間ほどで沐浴させていました。
出産後、すぐに沐浴させるメリットですが、
- 皮膚などに付着した汚染物を取り除ける
- (感染があれば)B型肝炎やC型肝炎への感染リスクを下げられるかも
といった点があげられます。ですが、後者については、通常は妊娠期間に検査を行い、事前に感染のリスクは分かっているので、現代の医療での正当化は難しいかもしれません(つまり、感染のリスクのあるお子さんへの対処だけで良いのでは、とも考えられます)。
正確な統計を私は知らないですが、感覚的にもドライテクニックを導入する施設が日本でも増えていると思います(近沢. 大阪医科大学看護研究雑誌. 2017:7;82-89)。
その一方で、生まれてきたばかりの新生児に、すぐに入浴させると、どのようなデメリットがあるのか、検証した研究が日本国内で発表されていたので、今回はこちらで紹介させていただきます。
研究の方法
今回の研究は日本のとある大学病院に1997年に行われ、
- 経膣分娩
- 36週以上
- 2000g以上
- 正常体重
- 合併症なし
- Apgar scoreやpHの異常なし
などを基準に新生児が選ばれて研究されました。
比較した方針について
今回の研究では、
- 出生後2−5分後に沐浴させる
- ドライケアをする
のいずれかをランダムに割付ています。
沐浴させる場合は、出産後にradiant warmerに移し、口腔・鼻腔の吸引をするなど、一通りの処置を終えた後に行っています。
水温は40℃ほど、1-2分ほど入浴させて、血液など付着物の汚れを落とし(胎脂は落とさない)、その後に25〜26℃・湿度45-55%に設定された部屋で暖められたタオルで体を拭いています。
ドライケアを受けるお子さんは、沐浴のプロセスがないだけで、出生後の処置、室温の設定などは同じ状態でした。
アウトカムについて
アウトカムについては、
- 体温(直腸温)
- 心拍数
- 呼吸数
- 血圧
- SpO2(酸素飽和度)
などをみています。36℃未満を低体温とみなしたようです。アウトカムを評価する看護師は、どちらの処置が行われたのかわからない状況で計測しました(計測者の盲検化)。
研究の結果と考察
最終的に187人の新生児が研究の対象となりました。特徴として、
- 平均39週
- 体重 3050gほど
- Apgar score 10点(5分、10分)
- 男女比はほぼ1:1
- 母の年齢30歳前後
- 臍帯血のpH 7.28-29くらい
- PCO2は43-44
でした。
体温の推移について
(論文より拝借)
こちらは直腸温の変化をみています。
入浴したグループの方が、30分後の体温が0.3℃ほど高い以外は、概ね同じような体温の推移でした。
心拍数の推移について
(論文より拝借)
こちらの図は心拍数の推移をみています。入浴あり vs なしのグループ間では大きな違いはなさそうです。
呼吸数の推移について
(論文より拝借)
呼吸数の推移も、両グループとも同じような推移をしています。
血圧の推移について
収縮期(a)・拡張期(b)の血圧の推移をみていますが、
グループ間での違いは大きくはなさそうでした。
そのほかの指標について
入浴 | ドライケア | |
嘔吐 | 17.9% | 13.0% |
AGML | 1.1% | 4.3% |
経管栄養 | 5.3% | 7.6% |
光線療法 | 13.7% | 9.8% |
酸素投与 | 4.2% | 3.3% |
多血 | 0 | 1.1% |
TTN | 0 | 1.1% |
*AGML, acute gastric mucosal lesion; TTN, transient tachypnea of newborn
多少のばらつきはありますが、両グループともほぼ同じような割合でした。(統計学的な有意差もありません)。
考察と感想
日本国内の施設で、きちんと管理された環境下で合併症のない正期産の新生児を、出生時に沐浴させたところ、体温、血圧、心拍数などの推移はドライケアのお子さんとほぼ変わりませんでした。新生児期によくある合併症についても、どちらのグループもほぼ同じです。
出生直後の沐浴ですが、国外の研究では低体温などのリスクが上昇したという報告が複数あります。一方で、今回の研究ではそれらは認められませんでした。著者らも論文中で述べていますが、おそらく日本の方が室温、湿度、タオルを温める、水温を保つ、radiant warmerを使うなど、様々な細やかな点に気配りをしていたから、海外の結果とは異なったのではないかと推測されます。
出生直後の新生児にとって低体温は呼吸や循環、血糖値などに悪影響する恐れがあります。このため、今回の論文結果だけをみて「出生直後の沐浴は大丈夫」と言い切ってしまうのも、やや拡大解釈と思います。
今回、研究が行われた病院のように、全てを厳密に管理できる環境下での結果と、慎重にとどめておくのが良いでしょう。著者らもこの点は論文の最後に強調しています。(以下、論文より引用)
まとめ
今回の日本国内の研究では、出生後に沐浴をしても、ドライケアと比較して体温などの変動は大きく変わらなそうな印象でした。
しかし、今回の研究は厳密に管理された病院での結果であり、一般化可能性については慎重になった方が良いと考えます。