これまではちみつと咳について連投してきましたが、よくよく考えると「1歳未満の乳児にはちみつがNG」という根拠となる疫学関連の文献を国内外を含めて詳しくリサーチする必要があると思いました。
そこで今回は複数の文献を読みこんだため、簡単にまとめておきます。
乳児ボツリヌス症の発症メカニズムについて
乳児ボツリヌス症とは、1歳未満の乳児がボツリヌス菌の芽胞を経口摂取して起こります。
摂取したボツリヌス菌の芽胞は、乳児の未熟な腸管内で増殖します。
そして、ボツリヌス菌から産生される毒素により発症すると考えられています。
乳児ボツリヌス症というと、筋力低下を起こすことがありますが、「なぜ毒素が筋力低下を起こすの?」と疑問に思った方がいるかもしれません。
(下記文献より拝借)
ボツリヌス毒素が神経から筋肉への伝達を妨げてしまうため、筋肉が指示通りに動けなくなってしまうのです。そして麻痺を起こしてしまうのです。
国内での乳児ボツリヌス発症について
乳児ボツリヌス症の原因として、蜂蜜が有名です。
このため、1987年に当時の厚生省から「1歳未満の乳児に蜂蜜を与えないように」と通知が出され、蜂蜜摂取による乳児ボツリヌスの症例は激減しています。
例えば、蜂蜜摂取が原因とされた乳児ボツリヌスの症例は, 1989年の2症例を最後に認められなくなりました。
しかし、2017年に東京都で蜂蜜摂取によると推定される乳児ボツリヌスの症例が報告されました。
記憶に新しい方も多いと思いますが、2017年4月に, 厚生労働省より「1歳未満の乳児には蜂蜜を食べさせないように」と事務連絡がなされています。
この前後にも複数例が国内でも報告されていたようです
米国での乳児ボツリヌス症
どうやら日本と比較して、アメリカの方が乳児ボツリヌス症の発症例ははるかに多いようです。
せっかくですので、調査された時期を1970-1990年代と2000-2010年代に分けてみてみましょう。
1973〜1996年のアメリカ
アメリカでは日本より遥かに多く乳児ボツリヌスが報告されており、1973年から1996年にかけて1444件も報告されていたようです。
年度によりばらつきがあるようでして、少ない年は0件ですが、多い年は100件近く報告されています。
この期間の報告では、生後2ヶ月がピークでした。
2006〜2010年について
2006〜2010年では96例の乳児ボツリヌス症が確認されています。
このデータによると、
- 生後1週〜60週
- 平均で生後16週
となっています。
「生後60週に関して」根拠となる文献を辿ってみましたが、
- Redbook Online: Section 3: Summaries of Infectious Diseases › C › Clostridial Infections. Botulism and Infant Botulism
- Infant Botulism in the Very Young Neonate: A Case Series
- Botulism. Pediatrics in Review
に記載されていましたが、詳細の症例まではたどり着けませんでした。(なんとか上限の詳細な報告まで辿り着きたかったのですが…。知っている方がいたら、教えてください)
アメリカではハチミツはあくまでも原因の1つ
日本は厚労省が「はちみつを乳児に与えないで」と勧告することで乳児ボツリヌス症が減少しましたが、アメリカは一筋縄ではいかないようです。
その原因として、ハチミツは乳児ボツリヌス症の原因のうち15〜20%ほどのようで、これが唯一、予防可能な感染源のようです。
(*以前はコーンシロップも感染源だったようですが、現在は精製過程で除去できているようです)
そのほかの感染源として、アメリカでは土壌や環境、井戸水なども言われています。
特に発症率が高いのが、カリフォルニア、ユタ、ペンシルベニア州と報告されているようです。
乳児ボツリヌス症のその他の危険因子について
アメリカ国内での実情を反映したものですが、
- 出生時体重が大きい
- 母が高齢
- 母乳栄養
が挙げられています。
また、腸の手術後や抗菌薬投与後も腸内の常在菌が乱れやすく、ボツリヌス菌の感染・定着のリスクと考えられているようです。
はちみつを使う年齢に関して曖昧に発言してきた理由
実は、これまではちみつの投与開始の年齢について、曖昧な発言をしてきました。
例えばこちらの記事では、「1歳以上」と言わずあえて「2歳以上から」と言っています。
鋭い読者の方々、複数名から「なぜ1歳以上はないのか?」と質問を受けてきました。
これにもいくつか理由があり、
- はちみつを使用したRCTは2歳以上が半分以上
(つまり、対象となった1歳児の数は相対的にかなり少なく、咳を改善させる科学的根拠としてどう判断して良いか難しいと考えています。) - はちみつは1歳を過ぎたら本当に大丈夫か、一抹の懸念があった
の2点につきます。
これも少し職業病なのですが、「1歳未満はNG、1歳以上はOK」と言われても、簡単に納得するわけにはいかないのですね。私は「いや、グレーゾーンはないの?」と考えてしまうのです。
まとめ
今回は日米の乳児ボツリヌス症の歴史を見ながら、本当に1歳以降の投与で大丈夫なのかを確認してきました。
おそらく1歳以上であれば乳児ボツリヌス症のリスクは低いでしょうが、(米国になりますが)生後60週(≒1歳2ヶ月ほど)までと報告されており、1歳0ヶ月〜1歳2ヶ月くらいまではハチミツを与えるのは少し慎重になった方が良いかもしれません。
年齢の境界線については、情報がやや曖昧ですので、新しい情報が入ってきたら更新しようと思います。
追記:いくつかコメントをいただきました
教えてドクター佐久先生から
KID先生の問題提起、とても興味深いものです。米国では日本より乳児ボツリヌス中毒が多く、CDCのNational Botulism Surveillance(https://t.co/LowVFA3O2C)の資料を確認すると、乳児ボツリヌス症の発症は(ハチミツとは限らない)
西暦年症例数 年齢中央値範囲
2016150 4ヶ月 0~10ヶ月— 教えてドクター佐久@無料アプリ配信中♪ (@oshietedoctor) October 2, 2019
20151412.7ヶ月0~10ヶ月
201412817週0~1歳2ヶ月
20131354ヶ月0~10ヶ月
20121224ヶ月0~1歳1ヶ月
20111024ヶ月0~1歳1ヶ月
2010854.5ヶ月0~1歳0ヶ月
です。私としてはこれまで、大多数がほぼ生後4-5ヶ月くらいに発症するものであることを踏まえて、1歳過ぎていれば大丈夫(続)— 教えてドクター佐久@無料アプリ配信中♪ (@oshietedoctor) October 2, 2019
とお伝えしてきました。1歳以降で発症する例もゼロではなく、厳しくすることのデメリットもそこまでないと考えると、KID先生の問題提起はとても価値があります。一方、やはりCDCのHPでも、それを踏まえての予防に関しての声明でも、ハチミツ接種は12ヶ月齢未満としてます。https://t.co/HoMWjcjGus
— 教えてドクター佐久@無料アプリ配信中♪ (@oshietedoctor) October 2, 2019
カリフォルニア州公衆衛生局感染制御部のサイトInfant Botulism Treatment and Preventionでも一般向けの説明で12ヶ齢以下には避けるという声明は変わってません。https://t.co/fRKBBSEjOM
これらを根拠にこれまで通り1歳以上OKの啓発も間違いではないかと思いますが、考えるいい機会になりました。— 教えてドクター佐久@無料アプリ配信中♪ (@oshietedoctor) October 2, 2019
「ドクター佐久先生って誰!?」って人は、ツイッターでフォローしましょう(リンク)。あと、子育てや災害時に役立つアプリのダウンロードもお勧めします。
HAL先生からのコメント
1986年以降の日本の症例だと、1-11ヶ月となってました。https://t.co/BoWa3FNdwR
蜂蜜摂取歴はこちらにhttps://t.co/3HC3N3Ms4m
— 相川晴(HAL) (@halproject00) October 2, 2019
HAL先生から資料もいただきました。1986年以降は12ヶ月未満ばかりですね。1つの安心材料と言えるかもしれないですね。
その前のデータは、なかなか検索が難しいのかと思います。
その他の参考文献
- Infant botulism: review and clinical update. Pediatr Neurol. 2015 May;52(5):487-92.
- Redbook Online: Section 3: Summaries of Infectious Diseases › C › Clostridial Infections. Botulism and Infant Botulism
- Infant Botulism in the Very Young Neonate: A Case Series